GLASS MEMORY
「……十代目、遅いな」
「中に何か、おもしろいものでもあったかな?」
「ちょっと見てくる」
逸らした視線を追うように、彼の肩が揺れる。向けられようとした背中を、
「獄寺」
声だけで引き止めた。
「いるか?」
肩ごしに振り向いた顔、不機嫌さを残した頬の横で揺れた銀髪を、からん、と転がるビー玉が誘う。
冷たく伝う水滴に濡らされた指の先で、瓶の口を挟んで振った。弾ける気泡の音さえ聞こえそうなくらいに、何も聞き落とさないようにと張り詰めた耳のに、強く強く噛み締めた奥歯の音が届く。
苛立たしげに動いた髪が一秒。
距離を切り裂くように斜めに動いた肩が二秒。
心ごと握りつぶすように掴んだ指が三秒。
ぎゅ、と握られた瓶が、雫で滑る。冷たい手の中と、あつい手の外。山本の指ごと握りこんだ瓶を勢いよく傾け、半分ほど残っていた炭酸水が、獄寺の唇の中に流れこんだ。小さな気泡を孕んだ甘い水が一筋、飲み込みきれずに端から漏れ、弾けながら喉を落ちていく。
襟に染み込んだ流れが、汗と混ざってじわりとシャツの色を変えるのを見て、山本は喉を鳴らして笑った。
冷たく冷えたラムネは、半分は山本の腹の底、半分は獄寺の唇の奥。
彼らが敬愛する十代目たる綱吉に献上しようとして躊躇ったそれを、飲み干した獄寺の頭の中と胸の内など、山本には知れている。
綱吉と山本が同じものを分かちあうのが気に入らない。それは綱吉が冷たい飲み物にありつけないことと天秤にかけてもいいくらいの感情で。
それは、一体誰に向けた不機嫌で?
分かち合うのなら。
空っぽになった瓶の中、ふたり分の指の中で、からんと転がったビー玉が、答えを告げている。
「なくなっちまったな。ツナのぶん」
「……こんなもん、十代目に差し上げられるわけねーだろが。この野球バカ」
ぽたりと、最後の雫が垂れて、獄寺の指が離れた。鎖骨から喉、顎と順番に拭い、唇をなぞってぺろりと甜めるのを凝っと見つめて、明らかと、山本は笑った。
何もかもわかっているような顔で、何にも気づいていないような朗らかな顔で。
濡れた指が、襟元に伸ばされるのを、笑ったまま、山本は見ていた。
汗に濡れたシャツが引き寄せられて、太陽に熱せられた炭酸水の、甘い匂いが近づく。
不機嫌そうに寄せられた眉が、きゅっと皺を深くする。
最後に、唇の上で弾けた真夏のラムネは、まるで太陽の下にさらされていたように、生温く温度を変えてしまっていた。
作品名:GLASS MEMORY 作家名:物体もじ。