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ピアニシモ

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3.


 まさか返事があるとは思っていなかったので、土方は実のところとても驚いていたのだった。志村姉弟にも山崎にもヘドロにも桂にもキャサリンにも長谷川にも近藤にも沖田にも復らなかった反応が、まさか自分にあるだなんて。その思いがあまりに強く、気付けばうっかりと手まで差し出してしまっていた土方だったが、おそらくそれがなければ神楽は身体を起こしたそこまでしか進まずに、またぱたりと閉じてしまっていただろうと今は思っている。……睛だとかこころだとか、そういうものを。
 真横へは並ばずに右斜め後ろをちいさな歩幅で歩く神楽は、手を引かれて歩くということ自体には何も感じていないように土方の目には映っていた。いつもより幾分ゆっくりとした土方の歩調は神楽に合わせた故のもので、そうするといつもの廊下もやたらと長く感じられる。何度か肩越しに振り向いてみるけれど、土方の見下ろす視線では、明るい色をした髪とそれを纏めたお団子の飾りがひらひらするのが見えるくらいで、神楽の表情をうかがうことはできなかった。それに彼女は、ぐるぐると渦巻き模様が見えるような壜底眼鏡を掛けているのだ。たとえ正面からでも、難しい。
 ガララと無遠慮に開けた生物準備室の扉の向こうでは、今年の春先にこの部屋の乗っ取りを成功させた担任の国語教師が、だるそうにデスクへ向かっていて、今は回転椅子を軋ませて土方へ振り向いている。普通教室のものと同型の扉には嵌込みの硝子窓があるので、神楽のことは隠しようもなかったが(そして実際担任教師は神楽を見つけて驚いた顔をつくっていたが)、土方の右腕とそれへ続く右手、さらにその続きについては、土方は辛うじて隠したつもりだった。……別にそんなことをしなくとも、手をほどけばいいだけのこと。それにはちゃんと気付いている。しかし土方にはたったそれだけのかんたんなことができなくて、その手を離しがたく思ってしまっていた。……離してしまえば神楽は、また閉じてしまうかもしれない。そんな思いが、土方の中には確かにある。
 しかし結果から言うと、土方の努力はほとんど無駄になってしまった。国語教師が、戸締りを委せて帰ると言い出したからだった。土方のわきを抜けて扉をくぐる教師から、土方はとっさにそれを神楽ごと背へ隠したものの、むしろその『隠す』という行為が目を寄せて、けれど、それを直接に見るようなことも、言うようなこともせずに、ただニヤと教師は笑う。たったそれだけだが、それだけに、土方は顔をしかめた。挨拶のつもりなのかヒラと振られた指先と、よろしくね、なんてふざけた声をのこして帰って行く昼行灯教師に、苦い気分になる。
 だから、まさか返事があるとは思ってもいなかったのだ、土方は。
 準備室と倉庫は扉一枚で中から繋がっていて、そこに生物部で飼育されているカメとウサギが棲んでいる。生徒用机をいくつか組んだ島の上、カメは水槽の中、ウサギはケージの中に。人間に気付いた一匹が、ケージの中から土方を見ている。別の一匹が、格子に足をかけて揺らしていた。
 神楽は相変わらずおとなしく、手を引かれるままに付いてくる。準備室と同じに置かれた一組のデスクの回転椅子を左手で引き出して、土方は神楽をそれへ座らせようと考えた。神楽を座らせて、ウサギをケージから出し、神楽の膝の上へ載せる。たしか、真っ白なのがいたはずだ。料理や工作をするみたいにその手順を頭の中に書き出して、けれど、土方はさっそくその一番目でつまづいてしまった。……つないだ手は、どこで離せばいいのだろう。
 土方はもうずっとこころのどこかが苛々としている。だって、まさか返事があるとは思ってもいなかったのだ。何度目か右斜め後ろを振り返って見るけれど、そこに正解が書き出されているわけでもない。それどころか、ますます分からなくなる一方だった。右斜め前にあるちいさな背中と時々見える横顔なら、慣れているのに……。文句のように言い訳のように、土方はそう思うのだけれど、それが何の用をなすわけでもない。
 土方は、もうずっとすこしだけ苛々としていて、そして同じくらいすこしだけ、困っている。もしかしたら、撫でるべきなのは神楽ではなくて土方で、その対象も、ウサギではなく神楽なのではないか。そんな、馬鹿みたいなことを考えてしまうほどに。
作品名:ピアニシモ 作家名:アキカワ