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ピアニシモ

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2.


 ノックなしにガララと開けられた扉に、その向こう側に居る人間をひとりふたり想像して、窓に寄せて置かれたデスクから、坂田は振り向いた。倉庫から適当に持ってきた、職員室のものと同型の安い背凭れ肘掛付き回転椅子は、ただ座っているだけでもキィキィと随分喧しかったので、上半身を捻って振り返るという坂田の大きな動作には、尚更盛大な悲鳴で以て応えてくれる。アアワタシモウダメ。変換するならそんなところか。どうせなら椅子にではなく人間に、自分が座るのではなく自分に騎られて聴きたい言葉である。座面のスプリングも弱く、べったりとしている。多分これは安いというだけではなく相当な年代物で、ついにドーナツクッションを持ち込んだ同僚の選択は間違っていない。そんな、吹かずとも飛ぶようなことを考える坂田である。
 扉の向こうに立っていたのは、土方だった。そう想像から外れてはいないが、めずらしいオマケが付いている。オマケ単体なら特にめずしくはないしむしろ想像の範囲内なのだけれど、土方に付いて、という辺りがとてもめずらしいと坂田は思う。志村姉弟や沖田に、なら、それはまた想像の範囲内だ。いつもよりすこしだけ大きく開けた睛でわざとらしく瞬きをして『驚いた』の表現。坂田は、大きな道路の横断歩道をたったひとりで歩いているような顔の土方に、首だけでは足りなさそうだと身体ごと振り向いた。
 入ってくることはせずにひょいと扉から斜めに身体を覘かせる土方に、部室の方開けてくれ、と言葉を抛げられる。生物準備室に国語教師がデスクを持っている不思議については、もう何も思うところはないらしい。こうしてひとは大人になってゆくんだよ母さん。そうねお父さん。準備室の隅で仲良く崩れかけている人体模型と骨格模型にサイレントで台詞を当ててから、坂田はデスクに放ってあった鍵を土方へ投げた。
 坂田は生物部の副顧問をしている。部員数は部として存続できるギリギリの五人で、そのうち二人は幽霊部員だ。残りの三人でカメ・ウサギ・ニワトリの世話をしている。ニワトリは外に小屋が造ってあるが、カメとウサギは準備室の隣の倉庫を片付けた生物部の部室に居た。土方は部員ではなかったが、その友人の沖田がウサギ係の部員で、彼は時々無関係の土方に世話をさせていたから、準部員といってもいい。しかし、今日の分の世話は既に沖田が済ませていることを坂田は知っている。だから、鍵が掛かっているのだ。
 何か用でもあるのか、と勘繰ったところで途端に面倒になり、鍵を投げていた。定時も過ぎていることだし、戸締りを押し付けて帰ってしまおう。悪くない思いつきに、坂田はその旨を包み隠さず土方へ伝えたが、いつもなら文句のひとつも言う土方がおとなしく是を言う。こりゃちょっとほんとう何かあるんじゃねえの。そう思わなくもなかった坂田だが、その興味は三秒も持続しない。立ち上がるとまた、ギ、と回転椅子が呻いた。
 白衣のポケットへ片手を突っ込み、スリッパをぺたぺた、白衣の裾をひらとさせ、土方のわきを抜けて坂田は扉をくぐる。……その時、オマケを自分の後ろへ隠すようにした土方に、その聞き分けのよさとおとなしさの理由を見つけ、ニヤと笑いかけてみた。途端、顔をしかめる土方だ。台詞を当てるなら『しまった』……あまりにもそれではありがちか。『……!』あたりでどうだろう。
 坂田が投げた鍵を土方が取ったのは、左手。土方は右利きだ。わざわざ利き手の逆を使ったのは、利き手がふさがっていたから。……何によって?
 その正解には見ないふりをして、よろしくね、と言葉を残し職員室へのんびり歩き出した坂田だったが、ほんとうは、こう言いたかったのだ。……青春だねえ、多串君。

作品名:ピアニシモ 作家名:アキカワ