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月華

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 結論が出たのだろうか? そう思った瞬間、やつは大きく息を吸い、殴りかかってきた。
 懲りない。軽く受けとめ、そのまま非常口の扉に押しつける。緑色の光が、やつの顔に陰影をつけた。
 今度は、集中がたりなかったのだろう。先ほどの、能面のようなかおではない。悔しそうな表情で、おれを睨む。
「――誰が、かかってこいと言った?」
 片手で、手首を一まとめにし、頭上ではりつける。やつの背で、扉がギィと不快な音をたてた。遠く、今日最後のチャイムがなる。
「試してみなきゃわかんないじゃん」
 口唇のはしが歪む。いささか狂暴な笑いかと、浮かべているおれにも自覚はある。てのひらのなかの手首に、震えが走った。



 おれの女神は、周期的に、おれを超高性能の発電機(ダイナモ)にしたてあげる。確かに、汲めども尽きせぬ彼女からの力がなければ、とうのむかしに「不死身の狼男」の看板をおろしてリタイアしていただろう。
 だが、彼女はすこしばかりいじわるで、高性能の運動能力をおれにもたせているときは、いくつかの人生の楽しみをうばいさる。
 ひとつが、タバコやアルコール、カフェインなどと、愛すべき有害物質。
 もうひとつが――
「ふっ……う……」
 舌にかみつくくらいは、やりそうなものだが。激しくやつの口腔を犯しながら、おれはそう考えた。それとも、蹴り上げてくるか?
 顎をつかんでいた手をおろし、タバコを落とす。そして、腰をひきよせた。わき腹をなでおろしてやると、大きく身体が震える。喉の奥、くぐもった声で鳴いた。
 いきつぎくらいはさせてやるか。おしつけた身体の下、やつが感じているのがわかる。腕をはなしてやると、ずるずるとすべりおちるように、地面にしゃがみこんだ。
 弱々しく咳き込む姿からは、見境のない凶暴性は見うけられない。
「最強であるこつを教えてやろう」
 おとしたタバコの火を確かめ、拾い上げる。
「かなわない相手を見極め、さっさと逃げることだ」
 弱々しく、奴は首を振る。大きく深呼吸をして、おれをみあげた。少し開いた唇が、赤く濡れている。目元が上気し、潤んでいた。まるで小学生に悪戯したような気分になって、少し罪悪感に囚われた。
 満月期は、エネルギーをもてあましているせいか、必要以上に活動的だ。
 やつは、口元をこぶしでぬぐった。
「じゃあな」
 きびすをかえし、校舎に入る。やつの目線が、おれを追っていた。



 女神が奪い去る人生の楽しみ。それは、愛すべき有害物質と、セックスの快楽だ。
 暖かな肌も、やわらかく包み込む濡れた洞窟も、感覚をプラスティックでコーティングされているようなおれには、なんの感銘も与えない。
 もちろん、感覚が鈍くなっていたが故の恩恵も、やまほどうけている。
 だが、今度は、少しばかり残念だった。
 緋勇龍麻、か。
 細い手首の感触を思いだし、おれは口元を歪めた。


fin.
作品名:月華 作家名:東明