君という花
「いえいえ、これはお世話になった知人へお礼にと持ってきたんですけど……まあ今度でもいいでしょう」
「いいの?」
「いいんです」
いつも私の方が世話を焼いている人ですから、一日二日の遅刻くらい多めに見てもらいましょう――言うと、アイスランドはくすりと笑った。
「前から思ってたけど、日本って意外といい性格してるよね」
「いえいえ、それほどでも。どうぞ、食べて下さい」
「じゃあ遠慮なく」
イタダキマス。日本に倣って合掌して、アイスランドは両手で桜餅をひとつ手のひらにのせる。塩漬けの葉の端を指でつまんで、餅から桜の葉をはがそうとがんばっている。
「アイスくんは、葉は食べない派ですか」
「え、なにそれ」
「葉ごと食べる人と食べない人がいますよ。ちなみに私はそのままかぶりつく派です」
と、日本は桜の葉ごと桜餅をかじってみせる。咀嚼しながら、ふと幼い頃を思い出す。周りの大人たちが葉ごと食べているのを見て、「これが大人の食べ方か……!」とあこがれたのだ。
「おとな!子どもってあるよね、そういう妙なあこがれ」
葉をはがすのをやめたアイスランドは、そのまま桜餅に小さくかじりついた。咀嚼して飲み込んで、彼女ははしはしとまばたき、またかじる。
「桜の風味が鮮烈で、塩気もいいアクセントになって、オツなものでしょう」
「んー。おとな、ねぇ」
気に入ったらしく、餅を両手に持って餅を食むその姿は、まるで。
小動物。
「どうしたの日本、なんか震えてるけど。お腹でも痛いの?」
「いいえ……いいえ、なんでもありませんよ!」
可愛いもの大好き日本人。キャラクター大国日本。いよいよカワイイという単語が諸外国に輸出されてしまった言語の国、日本の国のそのひとは、きゅっとこぶしを作って言った。
「強いて言うならば、我々日本人の遺伝子がきっと共鳴しているのでしょう……!」
「意味わかんない」
言いながら、もきゅもきゅと頬を膨らませて咀嚼する、アイスランド。
なにこれかわいい。
「ノルウェーもさ、僕が何か食べてたら、頬杖ついてじーっとこっち見てんだよね」
「ほう」
「ひとが食べてるとこ見て楽しいのって聞いたら、『いいがら続けろ』って。わけわかんないでしょ」
「……はは」
「僕んち、ちょっと貧乏だった時もあってさ、食べ物は大事にしてるからさ」
一期一会、味わうみたいに食べている様が「おいしそうに食べている」と見えるのかも。そんなことをアイスランドは言った。それも当たらずとも遠からず、だろうけれど。
ノルウェーもその実、きっと自分と大差ないことを考えているのだろうなと、日本は見当をつけた。
「いただきます。ごちそうさま。いい言葉だよね」
ごちそうさまでした。アイスランドはまた合掌した。
「ありがとうございます。こしあんは食べられましたか?」
「うん。でもちょっと甘いね。のどかわいた」
「やっぱり、和菓子には日本茶が欲しいところですよね」
「あるじゃん」
彼女が指さす先には、日本が自販機で買ったお茶のペットボトル。
「一口ちょうだい」
「でもこれ、私の飲み残しですよ?!」
「嫌ならいいけど。日本も案外ちっちゃいこと気にするんだね」
――自分のお茶が減る心配をしているのではなく、あなたが人の飲み残しに口をつけるのは嫌じゃないのかと思ったんですけど!
別にアイスランドが気にしないというなら、日本だってかまわない。ペットボトルを手渡すと、アイスランドはキャップをひねって一口飲んで、「はぁー」としあわせそうなため息をついた。
「ねぇ。また一緒にお昼食べない?」
「アイスくんがよろしければ……ぜひ」
「うん。あ、別にお菓子につられたってわけじゃないよ。無理に相手と話とかしなくていいっていうのが、なんか居心地よくってさ」
「私もですよ。同感です」
ふ、とアイスランドは微笑む。
「よし、じゃあ今度は僕も何か作って持ってこようかな」
「楽しみにしてます」
にこりと、ふたりは微笑む。
日本さんとアイスくんのお昼ごはん同盟が、ここに締結された瞬間だった。
後日談。
「ノーレ、これおみやげ。日本が作ったんだって」
「うん?和菓子、け?」
「そう、桜餅ってお菓子。知ってる?桜餅には二種類あって、これがどーみょうじってやつなんだって」
「道明寺、な。うまそうだべな」
「おいしいよ。おいしいって言えばね、知ってる?この桜の葉っぱごと食べられるんだよ」
「ん」
「って、ノーレ!」
「ん?」
塩漬けの桜の葉ごと餅をかじったノルウェーは、により、と笑う。
「大人への階段を一歩昇ったんけ?えがったな、アイス」
「……ぜんぶ、知ってたの!?」
「(によによ)」
「……ッ!!」
――今日も妹はめんげぇ。
新しく仕入れた極東の知識で兄を優越してやろうとたくらむも、桜餅のあれこれ、葉も食べたらけっこう美味いということ、それと妹が考えそうなことまで全部お見通しのお兄様でした。
アイスくんが上手(うわて)を取れる日は、まだまだ先のようです。
* * *