言えない理由
「ねえねえ、イザイザは人ラブ、なんだよねー?人間なら誰でも好きなんだよね?」
「ひとり例外はいるけどね。まあアレは人間の範疇じゃないから除外してるんで、基本的にはその通りかな」
「じゃあさ、私のことも好き?愛してるよって言える?」
こんな台詞を言ったのが普通の女性であったなら、『ああこの女は俺に気があるんだな』と考えたところだろう。だが折原臨也の中で、目の前の発言者は一般的な女性というカテゴリーに入っていなかった。事実彼女はそんな意味で臨也に話しかけたわけではないようで、色っぽい空気は微塵も生まれなかった。
「うん、もちろん。愛してるよーーー絵理華。って言えばいいわけ?」
「やだっ、わざわざ下の名前まで呼んでくれなくてもよかったのに!でもまあこれはこれでいいかも」
微妙に会話がずれているようなのだが、やたらと楽しそうな狩沢絵理華にあわせ、臨也もにっこり笑ってみせた。そんな二人の隣でちょっと遠い目をしているのは遊馬崎ウォーカーと竜ヶ峰帝人である。臨也がこの場を通りかかったとき、すでにこの三人が一緒にいて、なにやら話こんでいる様子だった。いや、狩沢が他二名になにか一生懸命に説明らしきものをしていたと言った方が正しいかもしれない。その時点ですでに目がたいらになりかけていた帝人の表情が面白くて、輪の中にわりこんだのだが。
「で、一体なんなの?」
「あのね、私今『100人の彼から愛してるって言われちゃうCD』っていうのにはまっててね!」
正直聞く前はどっちかっていうとこりゃ無しだなって思ってたんだけど、案外よくってさ!最初興味ないものってハマるとがっつり落ちちゃうじゃない?まじ音声の魅力偉大すぎるーーーとそこまで聞いた時点で、臨也は話の先に興味がなくなった。先ほど帝人も、このニッチな需要に応えたCDがいかによいかということを力説されていたのだろう。今も苦笑いで狩沢の話に適当に相づちをうっている。時折困ったように首をかしげる様子が可愛くて、臨也の頬が緩んだ。
「だから色んな人の声で告白の台詞を聞いてみたくてね?でもいくら知り合いでも愛していると言ってくれとはなかなか頼みにくいじゃない。でも普段から愛々叫んでるイザイザならかるーく言ってくれるんじゃないかと思って言ってみたの、ありがと!」
「本当にすごいあっさり言ってくれましたね」
「ほんと、みかプーなんか頼んでも照れちゃって結局言ってくれなかったのにね。ねえねえ、もう一回言ってみてくれる?今度は好きだよ、で!」
「はいはい、好き」
「あ!ちがうの私じゃなくて今度はゆまっちに向かって言ってみて!」
「「「 は? 」」」
男三人の声が重なった。「な、なんてこと言い出すんすか狩沢さん!」と矛先にされた遊馬崎が叫ぶ。
「男からの愛の囁きなんていらないっすよ!俺には『100人の妹からお兄ちゃんって呼ばれちゃうCD』があるんすから!」
「この世にはそんなCDまで存在するんですか!?」
「えー、だってさー、私このCDにひとつだけ不満があるのよ」
それは愛してるよって言われる側に女の子しか想定されてないこと!
他の発言をさらりと流して力強く宣言する狩沢に、男達は返す言葉も無い。
「それでもいいんだけどさー、私の好みとしては自分が愛を囁かれるより男が男に告白してる台詞を聞く方がより楽しいんだもん。だから好きだよって言ってほしいな、ゆまっちに!」
「勝手に人をBL妄想に使わないで下さいよ!しかも知り合い相手に!」
それにそういう需要はきっと一定数あるはずですから待ってればその手の派生CD出ると思うっすよ、わざわざリアル知人に頼まなくても、などと話す遊馬崎の形相はいつになく必死だった。彼は帝人や臨也よりそういった嗜好に造詣が深い分、狩沢の脳内でどのような妄想が繰り広げられるか見当がつく。臨也×遊馬崎か遊馬崎×臨也か、そんな妄想のモデルにされるのはごめんだった。
が、そんな遊馬崎の必死の説得は、臨也の一言で打ち砕かれた。
「まあ俺は別にかまわないけど。好きだよって言うくらい、さ。はい、好きだよ」
「なんてことを…ッ」
遊馬崎は膝から崩れ落ちた。隣で帝人が「だ、大丈夫ですか遊馬崎さん!」と慌てるが、その声は狩沢のピンク色の悲鳴にかき消される。
「キャーーー!ありがとう!いいわ、やっぱり対象が男だってだけで萌え度が段違い…!!」
突然それこそ段違いに生き生きとし始めた狩沢に、倒れた遊馬崎が何か伝えようと口を動かしている。声にならないその苦悶を綺麗に無視し、最高に魅力的な笑顔で狩沢は次の願いを口にした。
「じゃっ、次はみかプーに言って!愛してる君が好きだって!」
「「 えっ? 」」
今度ハモったのは、臨也と帝人だけだった。