言えない理由
場を突然沈黙が支配した。それが自分の所為であることは臨也も分かっている。臨也の発言待ちなのだ。臨也が帝人に愛を囁くのを、皆が待っている。
期待に満ちたきらきらしい瞳で見つめてくる狩沢。
「帝人君も愛してるって言われてください!俺だけなんて嫌っす!」とまるで臨也から好きだと言われたことが何かの罰ゲームであるかのように言う遊馬崎。
「え…ああ、じゃあ、はい」と気は乗らないけれど遊馬崎を一人にするのもなぁ、というよく分からない気遣いの様なものをみせて臨也に向き直った帝人。
こんな遊びはやくすませましょう、とでもいいたげな帝人の瞳に映った自分をみて、臨也は固まった。
(愛してるって?君が好きだって?帝人君に言えって?)
そんな言葉は今まで無数に吐いてきた。現に今だって立て続けに二人の人間に言ってみせた。簡単に言える、相手が帝人だって。そう考えて口を開きかけ、自分の舌を急に重いものに感じてまた閉じる。(駄目だ)
(駄目だ、だってそんなこと言ってバレたらどうする)
己でも信じられないことに、愛の言葉に気持ちを乗せずに言えるかどうか自信がなかった。
臨也は帝人が好きだった。他の人間への愛とは違う意味で、愛していた。
でもそれを帝人に告げるつもりはないのだ。少なくとも今のところはまだ。
それなのに。
(え、無理むりこれ、さらっと言える気がしない。絶対ちょっと気持ちが入っちゃうよこれ。でもさっき言ったのよりちょっとでも重い感じだと怪しまれるよね。なんか本気っぽくない?とかさ)
でも帝人君には言えないとか言うのはもっと変だよな、それじゃすごい嫌いみたいだし、と臨也は思考をフル回転させてこの場を切り抜ける方法を考える。帝人に自分の気持ちを知られないようにと焦った彼は、らしくもない認識間違いを犯していた。
己の真情を悟られたくないのなら、返ってさっと言ってしまえばよかったのである。狩沢や遊馬崎に対するように即答で。妙に躊躇せず愛していると言ったなら、臨也の声音が熱を帯びたところで早々気づかれることもあるまい。そもそもこんなに沈黙を溜めてしまったということが、すでにおかしいのだ。先ほどとは雰囲気が違うと、他の三人も薄々気づきだしている。
(あれ、なんで黙ってるんだろう?さっきはあんなに軽く言ってたのに)
えっもしかして臨也さんって僕のこと実は嫌いなのかな、冗談でも好きとか言えないくらいに…?と急に不穏な気配を感じる帝人。
(なんでためらってるんすか、早くさっきみたいに言って下さいよ)
俺に言えて帝人君に言えないってことはないっすよね、と二人を交互に見やる遊馬崎。
(あれえ、なにかなこの空気。なんかイザイザちょっと困ってない?)
さっきまであんなにサクっと言ってくれたのに、みかプーには言いにくいのかしら。なんで?みかプーには言えないわけとかあんの?愛してるって言えない理由って何?と首を傾げる狩沢。
と、三者三様の疑問が場を満たしたその時。
「…む、無理!」
沈黙するにも限界をむかえた臨也が叫んだ。
「無理?」
帝人が眉を顰める。無理って何だ。
「え、臨也さん、僕のこと嫌いだったんですか?」
もしそうならわりとショックだ。帝人は臨也のことをうっとおしいとかろくでもない大人だと思うことはあったが、けして嫌いではなかった。むしろ非日常の粋を集めたようなその存在に惹かれてもいた。臨也との関係だって、悪くないと思っていた。ダラーズの創始者だからというだけなのかもしれないけれど、臨也さんは結構僕と仲良くしてくれてると思ってたのに、と唇をきゅっと閉じる。
「ち、ちがう!!」
臨也が再び叫んだ。さきほどの声がわりと大きいな、という程度のものだったのに比べ、今度は正真正銘の絶叫である。
「ちがうから!嫌いとかそんなんじゃないんだって!!」
「えっ、じゃあなんで愛してるって言ってくれないんですか」
唐突に挙動不審になった臨也をあやしみつつも、帝人は尋ねた。聞かれた臨也の顔から表情が消える。けれど、無表情になってしまったその顔に、うっすら朱が上っているのに気づき、ますます訳が分からなくなった。
「あの、臨也さん」
「……今は無理、でも後で言うよ。絶対言う」
だけど今は無理だから!
そう言い捨てるとくるっと身を翻して、臨也は去ってしまう。取り残された三人は、ぽかんとしてその後ろ姿を見送ってしまった。
「……あとでって、別に僕は言ってもらわなくてもいいんですけど…」
ちらりと帝人が狩沢を見た。そもそも臨也の愛の言葉が聞きたかったのは帝人ではなく狩沢なのだから。結局聞けなくてがっかりしたのではないかと思ったのだ。
しかしそんな帝人の予想とは裏腹に、狩沢はなぜか今までよりも熱に浮かされたような表情をしていた。その瞳の苛烈なまでの輝き方に、帝人はなんとも表現し難い迫力を覚える。
「追いかけて、みかプー!」
きらめく瞳の興奮をそのままに映した声で、狩沢は命じた。
「イザイザのこと追いかけて!むしろ追いかけてあげて下さいお願い!」
「ええっ?」
でも追いかけたところで何を言えばいいのかわからないし…と口ごもる帝人の背を、狩沢が強引に押す。いいからいいから、という声にも押されるように走り出した帝人の背を見送って、狩沢は満足感にため息をついた。
「あああ、まさかまさか本命をご指名しちゃったなんてイザイザに悪いことしちゃったなあ!ね、あの二人どうなるかなどうなるかな、どうなると思うゆまっち?」
「ええ?本命って、BL的なあれですか?」
いやいや、ないっすよ三次元のしかもリアル知人でそんなことはなかなか、と一応否定の言葉を述べる遊馬崎だが、その声に力は無い。確かに少し妙な感じだったな、とは彼も認めざるをえないのだ。興奮した様子で喋り続ける狩沢に適当に相づちをうちながら、二人が消えて行った夜の街に眼をやった。