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双方向インプリンティング【俺にとっての君】

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一つのメールを開いて折原臨也は微笑む。
 嘲りの混ざらない慈しみがこもった顔。
 瞳の熱情は恋する乙女のソレにも見えた。
 あっさりとした文面を何度も読み直す。
「楽しみだなぁ」
 くるくると椅子を回しながら脳裏に描くのは一人の少年の姿。
 面と向かって会うのは五年ぶりほどだが臨也はちょくちょくその顔を見に埼玉へ赴いていた。
 その上、不定期ではあるが少年の両親から写真を送ってもらっている。
 信頼とは素晴らしい。
 金銭の授与もなく高品質の情報が届く。
 臨也は本棚の一角を見る。あれらはアルバムだ。「帝人君恥ずかしがり屋だから、お願いおばさん! いいえお姉さん」と頼んだのは確か中学の時だった。
 今でも変わらず帝人の写真を送ってくれる息子に似て律儀な彼女へ懸賞で当たったと温泉旅行でも送ろう。
(夫婦水入らずに帝人君はお留守番で寂しいだろうから丸一日電話しよう)
 荷物をまとめることもなくだらだらネットをしているだろう中学生を思って笑う。


 メールには一言「来良学園に受かりました。春からそちらでの生活です。よろしくお願いします」とある。



 折原臨也にとって竜ヶ峰帝人は代えがきかない、たったの一人だ。
 誰にどう思われようが知ったことではないと自分の道を生きる臨也だが年の離れた親戚に侮蔑を失望を嘲りを浮かべられたらとりあえず自害する覚悟がある。
 世界を取り巻く部品ではなく、愛すべき人間の一人ではなく、もちろん忌まわしい人外でもない、大切な大切な自分の血肉だ。いいや、その価値は自分以上かもしれない。

 初めて出会ったときの運命的な感動が色あせた、帝人が五歳ぐらいの頃。

 親戚が顔を合わせる席で臨也は気が立っていて誰でもいいから貶めてやりたい衝動に駆られていた。
 亡くなった老人と祖母が仲がよかったせいだろうか。
 言葉はそこまで交わしたことはないが面識のある人間の死。
 今日弔っている人間の性別を臨也は知らない。
 着ているものや顔の作りから判断できない人だった。
 名前は男性的だが昔は女性にもあえてつけられていたと知っている。
 彼なのか彼女なのか、いつか当ててやろうと思って忘れていたようなことを手遅れなのだと突きつけられる。
 死とは絶対的な別離である。
 理解できない沸き上がる苛立ち。
 幼い帝人にそんな感情を向けるほど落ちぶれてはおらず近寄らないでおこうと思ったが周囲の大人は二人をセットとして見ていたようで何も言わず「はいお兄ちゃんよろしく」ときた。
 珍しく帝人に対して微笑みを見せない臨也にやわらかな頬を赤くさせ、大きな瞳を潤ませて戸惑う帝人の姿は庇護欲をそそって苛立ちの大部分は沈下した。
 それでもささくれだった心が不快で理由を付けて帝人から離れることを選ぶ。
 大人たちからすら離れて適当に外れた道を歩いていれば声がかけられる。
 今では詳細も覚えていないがわざわざ自分から柄の悪い奴らへあたりにいったのだろう。
 臨也はムシャクシャしたからといって暴力に訴えたりはしないが、心への暴力は抑えが効かない爆弾として誰でも構わずぶつけ続けることを良しとした。
 その時もきっと思いつきで言った言葉が相手にとって図星でひどく傷つけた。臨也はプライドを守るために低俗な暴力という手段に出てくる相手を嘲って満足する気だった。
 一発ぐらい殴られてやろうと待ちかまえた臨也の前に予想外の出来事。
 殴りかかろうとする相手の頭にかわいらしいポーチがぽすんと当たる。
 中身が軽いからたいした痛みもないのだろう相手は疑問のままにポーチを蹴りとばす。
 ごろりと出てくる生首。
 もちろん人ではなく人形なのだが近くに墓場があることや目玉が取れそうな悪趣味な人形。
 その場に戦慄がはしるのは当然。人形だと認めてもやる気がそがれたのか恐怖心か彼らは捨て台詞を残して足早に去っていった。
 趣味の悪い首はもちろん臨也が帝人にあげたものだ。
 あげた時は帝人が大泣きしたが由緒正しい南米あたりのお守りなのだと吹き込んで今では毎日持ち歩いている。
 ある種の人にとっては確かにお守りではあるがグロテスクな自分の趣味ではない(もっと言ってしまえば嫌いな)ものをもらったからと常に持ち歩く帝人に臨也はあたたかい気持ちになる。
 これを理由にいじめられそうなものだと臨也は満足げに笑い不気味な首をポーチにしまい出所を探る。
 なんでそんなところにいるのか木の上でぼぅとしている子供を発見、声をかければ無視される。
 空を見ているので聞こえないのかもしれない。
 ポーチを腕にひっかけて臨也もまた木へのぼる。