双方向インプリンティング【俺にとっての君】
「帝人君」
臨也の声に反応せず帝人は遠くを見ている。
枝が折れてしまうので臨也の体格では帝人がいるところまでのぼれない。
「帝人君」
放っておいたから拗ねたのだろうかと思ったが帝人は物わかりが良さすぎる子だ。
臨也と違って表面的ではなく根っから純真。
小さな子はいつでもそういうものだろうか。
最初は自分も素直な何かだったのだろうか。
帝人もいつかは自分のようになるのだろうか。
灰になって骨になって埋められて性別すら知られることなく忘れられていくのだろうか。
臨也の自問に答えるように「お兄ちゃん」と小さな声。
ふるえる声に臨也は目を見開く。
ここは地上からあまりに遠い。
高いところが好きでもない帝人は怖くはないのか。
わき上がる疑問。木登りが得意でもないのにどうしてこんなところに帝人はいるのだろう。
手を見れば傷が見える。ささくれた木はのぼるのにむかない。そんなことも知らない子供が何を考えてここにいるのか臨也は知りたかった。
「お空にいきたい?」
臨也は遠回しにあるいは直接的に『死にたい?』とたずねられて反応に困る。
「帝人君は行きたいの? だから、ここまで来たの?」
「臨也お兄ちゃんが来ないから僕が代わりに来てみたの。でもお兄ちゃんは来たから僕はいいや」
子供の言葉は要点がない。内容がつかめない。
「てっちゃんはお兄ちゃんのことが好きだったからお兄ちゃんが会いに来てくれた方が嬉しいよ」
てっちゃん、亡くなった老人はテツと言った。そんなに話をしたことはない。帝人の勘違いだろう。
「俺は帝人君が好きだから帝人君と会えている方が嬉しいかな」
考えることもなくこぼれた本音に(じゃあ俺はどうして帝人君から離れていることを選んだ?)と疑問を向ける。
拗ねたような苛立ちは心にあって隠せない。
帝人の近くだと控えめになるが消えない何か。
昨日はなかったソレが今日はとても大きくて臨也は歯がみする。この気持ちをどこかへ蹴り飛ばしたい。
制御できない心の動きを楽しめるだけの余裕がない。割り切れるほど大人になれない。
「ほんとうに?」
内心を見破られているかのような帝人の大きな瞳。
真っ直ぐに少しつり目気味でふくふくとした愛らしい頬。
「帝人君?」
「お兄ちゃん、てっちゃんがいないから僕もいらないんでしょ?」
帝人とテツの間に何があったのか思いだそうとして臨也は目を見開く。
落ちていく身体。風に飛ばされるほど軽いはずもない。帝人はもう少しで小学校に上がる。
帝人がのぼれるほどの木の上とはいえ頭から落下すれば死ぬ。
反射的に臨也は動いていた。
思考は全部後付けだ。
伸ばした手が帝人に届く、自分の運動能力を臨也は賞賛する。
帝人を抱きしめ木に飛び移るなどという忍者な芸当はできない。
手元あったポーチを振り回し枝にひっかけ加速をとめる。振り子のようにゆらゆら木に吊され容赦なく腕が木にこすれる。
地味に尾を引く痛みになると臨也は舌打ちしたい気分になりながら腕の中で瞳を閉じる帝人に目を向ける。
とりあえず地上から一メートルもない地点なのでそのまま手を離し着地する。
足から上がってくる痺れをやりすごして「帝人君」と声をかける。
「帝人君、痛いところない?」
自分は無理な動きに全身が痛くなった気がしたがそんなことは脇に置く。
不思議なことに苛立ちなど欠片もわかない。
拗ねた気持ちなどどこにもないのだ。
「帝人君?」
ふにふにと頬をつつけばむずがるように瞳をあける。
フリでもなく寝ていたようだ。図太い。
「アレ? お兄ちゃん??」
「お兄ちゃん人間でお空とか興味ないからさぁ」
「でもでも、お兄ちゃん高いところ好き。前もあそこのぼってた。いーちゃんに会いたかった?」
小さな指で自分が登った木を指さして帝人は主張する。
トゲだらけの指を臨也は口に含む。
舌で転がせばチクチクする。
痛かったのか帝人が声もなく震えて泣き出す。
適当に取れたトゲを唾液とともに臨也は吐き出して「ごめんね」と笑う。ちゃんと治療しないといけない。
「燃えたらお空へ行くから」
「俺も帝人君も燃えてないよ」
「てっちゃん」
「もう一回会いに行こうか」
帝人を抱き上げれば首元にぎゅっとしがみついてくる。かわいらしい仕草、重さがたまらない。
作品名:双方向インプリンティング【俺にとっての君】 作家名:浬@