無償の愛
「なんで?」
「なんでってそりゃおまえ、リオンちゃんと王子のことを何も知らねぇヤツが、勝手に2人の関係をラブロマンス仕立てにしちまって、おもしろおかしく歌ってるんだぞ? しかもまるでリオンちゃんの死を、賛美するような詩じゃねぇか。たとえどんな理由があれ、死んじまっていいことなんてあるわけねぇだろ」
ヴィルヘルムがいかにも苦々しそうな顔で毒づく。
傭兵なんて稼業をしているくせに・・・いや、傭兵なんて稼業をしているせいか、ヴィルヘルムの行動理念は“生きる”ことそのものにある。
何があっても最後まで、這いつくばってでも生き抜く。
その一念だけで何度も死地を潜り抜けてきた彼だけに、“死”さえ賛美歌に変えてしまうような吟遊詩人がどうにも気に入らないらしい。
かくいうミューラーにしても、ヴィルヘルムとはまた違った理由で、“吟遊詩人”という名の職種の人間を毛嫌いしていた。
死が悪いとは言わない。
だが、彼にとって“死”とは、イコール“敗者”だ。
敗者に生きる価値はない。人生は勝って勝って、勝ち続けなければ意味がないのだから。
「う~ん、そうかなあ?」
珍しくリヒャルトが困ったように首を傾げる。
ミューラーがチラリと視線を投げかけると、それに答えるようにリヒャルトが先を続けた。
「だってリオンさんは、大好きな人のために死んだんでしょ? 大好きな人にそこまでの無償の愛を捧げられるなんて、素晴らしいことじゃないですか」
日頃は使わない頭をフル回転させて、うんうん唸りながら語られたリヒャルトの言葉に、ミューラーは微かに目を見開く。
時々この少年は、何も考えていないような顔をして、こちらの意表を突くようなことを言う。
普段の奇怪な言動も、計算上のことではないかと思うときがあるほどだ。
「ほーう。だから隊長の要請を断ったのか?」
ヴィルヘルムのおもしろがるような声に、ミューラーは怪訝な顔をし、リヒャルトは再び満面の笑みになってうなずいた。
「はい!」
「・・・おい、なんだ? 要請と言うのは?」
話の見えないミューラーが問いかけると、ヴィルヘルムがニヤリと片方の口の端を上げて笑う。
「リンドブルム隊長から、リヒャルトに支隊長にならないかというお誘いがあったんだよ」
「・・・・・・はぁ?」
あまりにも突拍子もない話に、ミューラーは不覚にも間抜けな声を出してしまった。
いくら実力主義の傭兵集団といっても、まだ17のガキに支隊長を任せるなんて、一体何を考えているんだ?
「安心してくださいっ、ミューラーさん! 僕はミューラーさんの傍を一生離れたりしませんから!」
しかもこの馬鹿に?
「・・・このクズが。貴様いっぺん死んでこい。勝負は勝たなきゃ意味がねぇって、いつも言ってるだろうが。なに土俵に上がる前からギブアップしてるんだ阿呆」
ミューラーがこれ以上はないというくらいに声にドスをきかせると、近くの席で酒盃を上げていた運の悪い数人の傭兵が、いっせいに真っ青になって体をすくませた。
だが、リヒャルトは逆にパアッと顔を輝かせる。
「うわぁ~、嬉しいな。ミューラーさんが僕のことを、そんなに心配してくれるなんて」
・・・誰かこの馬鹿をどうにかしてくれ。
いつものことながらまったく不可解な受け答えをするリヒャルトに、ミューラーはどっと疲労感に襲われる。
前言撤回。こいつは本当の馬鹿だ。
傍ではヴィルヘルムが遠慮なく大口を開けて笑い転げ、リヒャルトはこちらのことなどお構いなしに、上機嫌で言葉を続けた。
「でも大丈夫ですよ、ミューラーさん! 僕は絶っっっ対に、何があってもっ、ミューラーさんの傍を離れたりしませんから!!」
「・・・・・・」
「なんてったって、ミューラーさんは僕のすべて! 僕のすべてはミューラーさんのモ・・・」
「~~~っ、いい加減にしろ!!」
ゴンッ!!
「・・・・・・・・・きゅう」
肩でゼェゼェと息をしながら、ミューラーは机に突っ伏したリヒャルトをきつく睨みつける。ヴィルヘルムはさらに大声をあげて、馬鹿笑いを続けていた。
「・・・笑いごとじゃねぇ。こいつ一度海にでも沈めてやろうか?」
その口調はとても冗談とは思えず、本気で海に沈めかねない鬼気迫る形相だ。
ヴィルヘルムはまだ目尻に涙を浮かべながらも、机の上で伸びてしまったリヒャルトの髪に手を突っ込み、グシャグシャとかき混ぜた。
リヒャルトはピクリとも動かない。完全に失神している。
「無償の愛・・・か」
先ほどまでとは打って変わって温かな響きのこもった声音に、ミューラーは嫌そうな顔で長年の相棒を見た。
普段の彼を知る者が見れば目の錯覚かと疑うほどに、ヴィルヘルムは優しげな顔で少年を見ている。
「確かになんの見返りも求めず、人を愛せるってのは幸せなことかもしれねぇな」
「・・・貴様、殺されたいか」
ミューラーはそれが自分達に向けられた言葉ではないと知りながらも、他にどうしようもなくてわざとらしく睨みつける。すると、ヴィルヘルムはすべて見通しているかのように、ゆったりとした動作で顔の前で手を振った。
「違ぇよ。そうじゃない。俺が言ってるのはリオンちゃんのことだ。信じられるか? 王子を守るために、命まで張っちまうんだぜ? 生半可な想いじゃそんなことできねぇだろ。それに―――」
ヴィルヘルムはそこでいったん言葉を切り、ミューラーの目を真正面から見据える。
「―――それに、こいつの場合は“愛”じゃなくて、どっちかって言うと“復讐”だろう?」
問いかけられた言葉の重みに、ミューラーは我知らず視線を下げた。
金髪の頭は微動だにせず、ヴィルヘルムの大きな手にかき混ぜられるままになっている。
「おまえにとっちゃ、そいつが傍にいる限り、幽霊につきまとわれているようなもんだからな」
ミューラーは苦々しげな表情になって、わずかに口元を歪めた。
「ま、自分で蒔いた種だ。自分で刈り取るんだな」
自分から容赦のない事実を突きつけてきたくせに、ヴィルヘルムは今度はまるで他人事のようにうそぶく。
ミューラーはそれに答える代わりに、金髪の頭を容赦なく一発引っぱたいた。
「おいおい、八つ当たりはよせよ」
ヴィルヘルムが呆れ顔で言うと、ミューラーが口の端でケッと吐き捨てる。
「この程度の憂さ晴らしくらいさせてもらわねぇと、割に合わん」
ミューラーの捻くれた物言いに、ヴィルヘルムが今度は意味ありげな笑みを口元に浮かべた。
「まあ、そう心配しねぇでも、こいつももうすぐおまえの傍を離れるだろうさ。今回のファレナでのことは、こいつにとっても良い経験になっただろうよ。同じように親を殺されながら、相手を恨む気持ちも、敬愛の気持ちも、すべて丸ごとひっくるめて信頼関係を築き上げている、とんでもねぇ王子様に出会っちまったんだからな」
「・・・・・・」
「お、なんだ? こいつが独り立ちしちまったら寂しいのか?」
「・・・コロス」
背後からのっそりと金棒を取り出したミューラーを見て、ヴィルヘルムの顔が引きつる。
まだしばらくは、いつも通りの日常が続きそうだった。