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 人工呼吸はキスに含まれると思う?
 それは南十字島に来て初めての朝に、スガタからたずねられた問いだ。
 人工呼吸はキスに含まれるか、否か。咄嗟に返せなかった問題を、タクトは頭の中でくるりと一回転させ、答えを保留することにした。
 シンドウ・スガタとアゲマキ・ワコ。まさか彼らが嘘をついているとは思えない。それに、スガタの言葉に大いに動揺したワコの態度からして、砂浜に倒れていたタクトに人工呼吸を施して救ったというのは本当の話なのだろう。しかし、自分が気を失っている間に行われたものであるせいか、彼女とくちびるを合わせたという事実が、タクトにとって全く実感の湧かないものであった。
 ――ファーストキスは青春の一大イベントとして経験すべく、とってある。
 タクトのファーストキスに憧れる気持ちは強い。期待値だって半端なく高い。当然、しっかりと意識のある中で、可愛らしい女の子と初めての経験をしてみたいと願うのだが、自分が昏睡している間に済まされてしまっているとは。惜しく思うのは仕方ない。なにせ、重ねていうが、ファーストキスはタクトにとって青春の一大イベントなのだから。人工呼吸をカウントするかどうかは意見が分かれるところがあるにしろ。

 休み時間。一度は回答を後に延ばした案件を引っ張り出して、うんうんと唸りはじめたタクトの視界の端を黄色い髪がよぎった。ワコだ。胸に思い描いていた人物の登場に胸がドキンとひとつ鳴る。
 タクトの視線に気づかず、彼女は友人であるマキナ・ルリとなにやら楽しそうに笑いあっている。小さな顔をくしゃくしゃにして全身で笑っているワコは、シンドウ家のメイドであるヤマスガタ・ジャガーがタクトにそっと囁いたように確かに愛らしい。明るく可愛らしく誰からも好かれる少女。そんなワコとファーストキスを経験したのだと思えば、ますます心臓が高鳴った。
 人工呼吸によって彼女に命を救われたというのも、なかなか青春の一ページを飾るに相応しい出来事である。こうして考えると、タクトの希望に沿っているといえなくもない。
 じっとワコの姿を見ているうちに、自然と視線が彼女のくちびるに寄ってしまう。健康的な瑞々しいピンク。つんと軽く上向いたそれは、ついつい触れてしまいそうなあぶない誘惑に満ちている。そのくちびるが、自分のくちびると触れたのだろうか。そうだ確かに触れたのだ。スガタもワコもそう言っていたのだから、間違いない。
 ワコのくちびるはどのような感触だったのだろう。こうやって見ているだけでも、ぷるんとした弾力が分かるような気がするのだ。実際はもっと素晴らしいものだろう。そして少しだけ湿って、しっとりと柔らかいはずだ。
 ふと自分のくちびるが何とも触れ合っていないのが寂しく思えて、タクトは手の甲をそこに押し当ててみた。だが期待していた効果は得られない。なんてことはない自分の手である。柔らかくはない、しかし、固くもない。成長途中の少年の手の甲であった。ワコとの人工呼吸を考えていたせいか、いつもより僅かに肌の温度が上昇している。
「何してんだろ……」

作品名:3-b 作家名:ねこだ