亡霊
痛々しく引き攣れた笑い声は徐々に甲高く響き渡り、最後にしゃくりあげて語尾を詰まらせる。目を覆う手の隙間から数滴、光るものが落ちるのを見た。覚えがある。六年前に自我を持って生まれた時、初めて目にしたものも、今よりずっと幼かったこの男の、こんな姿だった。
次の瞬間、オレたちを隔てていた壁は振り上げられた拳で粉々に砕け散っていた。その勢いのまま伸ばされた腕が荒々しくオレの胸倉を掴み、オレの身体は前のめりにバランスを崩す。が、そこまでだった。這い寄る闇が塗りつぶすように背後から主人格を捕え、否応なしに奴はオレから引き離される。深層へ、更に誰の手も届かない心の奥底へ引きずり込まれることを察したのだろう、抵抗するように再度伸ばされた腕が空を切った。涙に濡れた双眸が、激情にかられるままオレを睨みつける。だがそれも一瞬のことだ。まもなく闇に囚われ、主人格である男の姿――自我は、完全に深層へと沈んだ。
これであの男は余程のきっかけがない限り、表へ出ることはおろか、意識を浮かばせることもままならないだろう。自壊しないように心は自分を防衛する。それは何よりも強く堅固な秩序であることを、オレは知っている。奴の人格は完全に把握しているし、たとえ何らかの手段を講じられて遊戯と組まれたところで、大した脅威ではなかったが、事前に防げるなら鬱陶しい事態を避けるに越したことはなかった。
もはやひとつの揺らぎもなく眼前に広がる闇を見つめ、くつりと喉の奥で短く笑う。それから早々に心の部屋を後にするため、踵を返した。リシド――バトルシップから降りてはいないだろうが、オレは必ず奴を殺さなくてはならない。なあ主人格サマよ、オレを生み出し切り離して、父に愛着した貴様は知らないだろう。あれはまるで呪いのような堅信だった。
マリク。
「お前を守る全ての信仰をオレに差し出せ」
今度こそオレをとどめるものはない。過去の亡霊を抹殺する時だ。
了