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最高無敵で最愛のお姉さま!@11/27追加

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愛の種類




久しぶりに戻って来た池袋は、相変わらず非日常の街だった。





窓から聞こえる鳥の囀りとカーテンの隙間から零れる太陽の日差し。意識が目覚めるためにふわりと浮上した。一度薄く目を開け、また閉じて、再び開けたら漸く頭は覚醒する。寝起きはけして悪いほうではないけれど、久しぶりに息つける場所に帰ってきたせいか身体はまだ休養を訴え少しだけ重い。しかし、今日は用事があるので沈む身体を無視して上半身を起こそうとした。

グイッ

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何かが巻きついている。片手で上半身を支えたまま、圧力が掛かっている腰に目をやると、案の定見慣れた頭部がそこにあった。
「・・・・・・・・・また、この子は」
いつのまに侵入したのか、戸締りはきちんとしたつもりなんだけどとか、そもそも合鍵渡した記憶など無いとか、それはもう色々と突っ込みたかったが、とりあえず呑み込んだ。朝っぱらから疲れることはしたくない。それでも人様の寝室に勝手に潜り込むのは頂けないことなので、制裁はいつだって譲れない。左手で拳を作り、勢い良く黒い頭部に振り降ろした。

ゴスッ

「ぐッ、~~~~ッッぅ、い、痛いよ、姉さん!」
「自業自得です。何度も言ってるでしょう、勝手に人の寝床に入るなって」
涙目で訴えるのは、腰に巻きついていたもの―――義弟である臨也だ。
「だって姉さんとこベット一つしかないし」
「一人暮らしにベットが一つしかないのは当たり前です」
「広いから一人や二人増えたってどってことないでしょ。あ、でも俺以外が姉さんと一緒に寝るのは論外だけど」
「貴方も含めて論外です。というか私が注文したベットはシングルサイズだったんですけど」
「あはは、有り得ない発注ミスだよね。シングルがクイーンサイズになるなんて」
「おかげ様で一部屋ベットに占領されちゃってますよこの確信犯」
「あだだだだだ痛い痛いマジごめんなさいだから反省するからアイアンクローは止めッ、爪ッ、爪が喰いこんでる!情報屋は顔が命ィいででででででッ」
まったく、とため息を吐いて手を離せば、「ひどい~」とまた腰に抱きついてきたので今度はチョップする。もう23にもなるのに、成長したのは外見だけで、帝人の前では昔から変わらず甘えん坊気質だ。臨也を知る者が居たら間違いなく引く様だが、姉である帝人には慣れ親しんだものであるから歯牙にもかけない。
「もう起きるので、離してください」
「何で?今日は仕事無いんでしょ?俺とゆっくりしよーよー」
「仕事は無くても用事はあるんです」
ほらほらっと追いやれば、存外簡単に拘束は解け、臨也はそのままベットの上をごろごろと隅まで転がっていった。それを一瞥して、帝人はベットから降りる。窓辺へと近づきカーテンを開ければ、薄暗かった部屋が一気に明るくなった。見えた景色は薄い靄が掛かっているけれど、今日の天気は悪くなさそうだと帝人は目を細める。その場でぐぐっと背伸びをすると、寝てる間に凝り固まった筋肉が伸ばされ、痛いが気持ち良い。
(あー、なんか最近疲れやすくなったなぁ。・・・・年かな)
ぼんやりと日頃の生活習慣を思い返しながら、窓から離れベット下に落ちていたゴムを拾う。背中まである髪を項付近で軽く縛り、ふと義弟の様子を見れば、転がっていった態勢のままベットの隅にあった。ぴくりとも動かないそれが拗ねているのだとわかってしまった帝人は早くも本日2度目のため息を吐いた。
「朝から幸せを逃がさせないでください、臨也さん」
「・・・・・・・・・・・・」
「貴方は今日仕事でしょう?波江さんに聞いてますよ」
小さく「波江め・・・」と聞こえたが、それでも動かない。
「ほら、朝ごはんも作ってあげますから」
肩に手を乗せれば、臨也はちらりと帝人を見上げ、薄い唇を僅かに突き出して呟いた。
「・・・・・せっかく姉さんが帰ってきたのに、全然一緒に居れない」
「学生時代とは違いますからね」
「ねえ、やっぱり俺んとこ来ない?てか来なよ」
「・・・・・・・まだ諦めてなかったんですか」
「むしろ別々で住む理由が無いよ。姉さんの仕事は新宿でも出来るでしょ」
「それはそうですけど。僕はここがいいんです」
「池袋が?」
「ええ」
帝人はもう一度窓から覗く景色に目をやる。

変わりゆく街。(それでも変わらない街)
苦しみも哀しみも絶望も愛おしさも全て全て、この街で造られたものは失い難い思い出だ。(無くせない無くしたくない忘れられない忘れない)
故郷の概念を持たぬ帝人だけれど、帰るならばここだと、帝人は何時も思っていた。(離れたくないのか、離れられないのか、よくわからないけれど)

「池袋は僕の特別な場所ですから」
(時々無性に泣きたくなったとしても)

ゆるりと細められた眸の優しさに、臨也は僅かな切なさと多大なる愛おしさを伴って手を伸ばす。触れた頬は滑らかで柔らかい。向けられた眸の蒼が淡く煌めいた。己の名を呟く唇は清らかで艶めかしい。臨也が美しいと思う全てがそこにはあった。臨也は唇を一度噛み、苦々しげに呟いた。
「俺はここが嫌いだ」
姉さんを縛り付けるここが憎いよ。
義弟の言葉に、帝人は曖昧に微笑んで、形の良い頭をそっと引き寄せる。
「足繁くここに通うくせに」
「姉さんがいるから。それ以外の理由も意味も存在しない」
「でも、僕はここから離れませんよ」
「・・・・・・だから嫌いなんだ」
耳元に擦り寄る頬。くすぐったさに帝人が身を捩れば、抗議するかのように腕を回された。ベットで抱き合う男女。傍目から見れば、恋人同士に見えるだろうかと臨也はぼんやりと思い、そして自嘲する。今ここに愛するひとと共に居るのに、他人などどうでもいい。例えそれが永遠に手に入らないひとだとしても。









****



「それじゃあ俺は行くけど。出かける時はちゃんと戸締りするんだよ。ガス栓も閉めてね。あと、俺特製変態撃退スプレーとブザーとスタンガンは忘れずに持って出て。備えあれば憂いなし、何があるかわからないんだから」
「うん、色々と突っ込みたい個所がありますがとりあえずさっさと行きやがれ」
「ひどい!25歳のくせに未だ学生に間違えられて補導されそうになるぐらい童顔で可愛い姉さんを心配してる弟心なのに!」
「余計なお世話です。というか飽きませんかこのやり取り。もう何度め?」
「姉さんがわかってくれるまで俺は言い続ける」
「真面目な顔で言わないでください。逆にいたたまれないです」
そもそも25の姉と23の弟のする会話じゃない。
「ああもう玄関で騒いでたらご近所の迷惑です。とっとと出勤してください」
「心配だなー」
「はいはい。気を付けますから」
投げやりになってひらひらと手を振る姉に胡乱気な眼差しを向けながらも、臨也はまあいいやと肩を竦めた。他愛の無いやり取りが嬉しいし楽しい。一緒に住めないのは本当に残念だけれど、足を延ばせば愛する笑顔があるのだから距離など苦にならない。
「姉さん」
「ん?」
「大好きだよ」
臨也は笑う。帝人も、笑った。
「知ってます」
愛するひとの額に唇を当てる。そっと離せば、微笑んだままの唇が頬に触れた。近い距離でお互いの視線が合わさる。何て、幸福なんだろう。