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ありえねぇ !! 4話目 後編

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帝人の首を抱え、急ぎ病院に早足で向っている途中携帯が鳴る。
相手は新羅だ。
嫌な予感がする。

『すまない静雄。粟楠会の緊急の仕事が入って、行かなければならなくなってしまった』

イラッときた。
こいつはどうしていつもいつも、大事な用件を電話ですまそうとするんだ?

「おい、病院には辿り着けたのか?」
『今、目の前だけど』
「だったらせめて、竜ヶ峰が動かせるか確認していけ」
『残念だけど、医者として無理だ。ミカド君の体は勿論大事だけど、拳銃で撃たれた人を後回しにしたら、命に係わる』

尤もだ。
けど、銃がらみなんて、穏やかじゃねぇ。
こいつも相変わらず、随分とヤバイ裏街道を驀進してやがる。

《あの、静雄さん。私の体、何かあったんですか?》
左手で後頭部を引っつかんでいた帝人の首が、不安げに、上目遣いでこっちを見上げてくる。
そういえば、こいつにも詳しい経緯をまだ知らせていなかった。


「……ちょっとな。体というより竜ヶ峰本人なんだけどよぉ。何かダラーズと黄巾賊の、カラーギャング同士の抗争に、巻き込まれちまってるみたいなんでな」
なるべく言葉を濁しておく。
記憶がねぇのに、ダラーズの頭だ創始者だと言っても、混乱させちまうだけだ。


「危なっかしいからさ、いっそお前の体を新羅ん家に預けようと思ったんだけど、俺じゃ容態の良し悪しなんてわかんねーし」
《ええっ♪ 私が抗争に?! どうして? 何で♪♪ うわー、凄い凄い♪♪》

思いっきり、膝から下の力が抜け、転びそうになった。
怯えるかと思ったのに、何でこいつはわくわくと目を輝かせているんだ?
気づいたのは最近だけど、帝人の感性はどうやら随分とへそ曲がりらしい。
何で平凡な面構えに気弱い性格してんのに、こうも危なっかしい事に、次々首を突っ込みたがるんだこいつは!?
訳わかんねぇ。

「……10秒やる。今すぐ浮かれるのを自発的に止めるか、俺のアイアンクローをもういっぺん喰らって黙るか。どっちでも好きな方を選べ……」

首は慌ててきゅっと唇を引き結んで静かになった。
よしっ。

「新羅の方、患者が何人いるかは知んねーけど、手術が入ったから今日の予定、全く目処が立たなくなった。けどよぉ、お前の体は一体しかねぇんだ。キレた黄巾賊のガキどもに、何かの弾みで無茶な攻撃喰らって、心臓止まっちまったらさ、お前、帰る肉体が無くなっちまうだろ?
竜ヶ峰だって死にたくねぇよな?」

左手の中で、神妙にこくこくと頷く。
そういやさっき、黄巾賊の幹部らしい男を半殺しにしたのは自分だ。
考えてみりゃ、それも随分やべぇ。

大体、三十人の徒党を組んでやってきたのだって、切り裂き魔事件の時、弾みでぶちのめした時のお礼参りだった。
勝手に逆恨みされ、逆切れた場合の仕返しは、大抵強い奴より弱っちいモンの方へ向く。
俺と竜ヶ峰なら、比べるまでもねぇ。
断然こいつだ。

「仕方ねぇから病院の医者とっ捕まえて、話を聞いてみようと思う。もし動かせるようならさ、もう一度俺が病院で暴れるなり、胸倉掴んでちょっと凄めば、直ぐ連れ出せるだろうしよ。
深夜になったって構うもんか。任せておけ」

《あ、あのぉ……、私、ちょっと発言いいですか?》
「ああ、何?」

《静雄さんが一人で悪者にならなくても、紀田くんに協力を仰ぐのはどうでしょう?》
「あぁ?」

《だって彼、私の同居人ですよね? 保護者代わりだって言ってましたし、何てったって親友じゃないですか♪ なら、保護者代理の委任状みたいなもの持っていると思うんです。だって子供が病院に入院するのなら、こういう、大きなお金が絡む施設って、何かしら支払い能力や責任取れる保護者がちゃんといるか、確認しますよね?》

生憎、静雄が入院したのは、親元にいる中学までだった。
十年近い昔の事なぞうろ覚えな上、手続きは全部両親がやってくれたし、高校で新羅と再会してからは、治療全部は彼の仕事となったので、全く縁がなくなった。

書類だ保護者だ委任状だと言われても、訳がわからねぇ。

「あー、竜ヶ峰もういい。面倒。ごちゃごちゃうぜぇ」

トムがここに居たら、もっとマシなフォローが入れられたかもしれないが、スマン。
ぐだぐだこまけぇ事言われると、帝人相手でも、マジでイライラする。

「けどよ、紀田をとっ捕まえるっていうのはいい案だな」
却下した後に一つ褒めると、しゅんとしていた帝人の首が、途端にぽくっと嬉しげに綻んだ。

確かに紀田なら、曲がりなりにも同居人だ。
竜ヶ峰がダラーズのトップだって知っているだろうし、園原杏里の詳しい話も聞ける。
病院なら緊急連絡用に、少年の携帯番号ぐらい押さえているだろう。



「竜ヶ峰帝人の見舞いに来たんだが、彼は何処にいる?」


一階の受付で手っ取り早く調べて貰うと、帝人の体は一昨日いた集中治療室からとっとと出され、西病棟三階の個室に移動していた。
早速、西病棟三階のナース・ステーションに顔を出してみる。


「主治医の先生に、容態について細かい話を聞きてぇんだが、会えるか?」


残念ながら今日は日曜日だ。
受付に居た事務の姉さんの返答は、今日みたいな休日では、救急と当直の先生以外、病院に居ないらしい。
となると、安全を確認してくれそうな先生の確保ができず、初っ端で早くも挫折だ。
となると新羅を待つしかないが、こればっかりは患者の容態次第だし。
不安が頭を過ぎる。
果たして今日、帝人の身体を、安全な場所に移す事ができるのだろうか?


「じゃあ、紀田の携帯電話の番号って判るか? 緊急で連絡しておきてぇ事があるんだ」
「存じてますが、法律の都合でお教えできません」


やっぱり個人情報保護法を持ち出してきやがった。うぜぇ。
サングラス越しに睨みを利かせて、カウンターに居る事務の姉ちゃんはびびらせられたのに、その背後にどっしりと構えた、異様な威圧感のある、看護士のおばちゃんはしぶとかった。

「駄目なものは駄目。いくら貴方が粘っても無駄です」

名前プレートの上に、婦長と書かれている。
ああ、納得。
子供の頃から何度も入院し、数々の病院関係者を脅してきた経験上、彼女のような現場叩き上げの役職持ちは、何があっても絶対折れねぇ。
女は強いって言うが、【婦長】は時に、マジで男の医者や、ましてや病院を運営してる奴らよりも、根性みせやがる。


「でも、紀田君でしたら、朝からずっと竜ヶ峰君の病室に詰めてますよ。彼は昨日も面会時間が終わるぎりぎりまで居(お)りましたから、病室に行けば必ず会える筈です」


一転、案外と面倒見が良かったらしい。
「ありがとうよ」


廊下に貼られた案内板で確認すると、西病棟の三階の一番奥まった場所に、竜ヶ峰帝人の病室はあった。
袋小路で、個室の対面に業務用のエレベーター、そして隣はなんと非常階段になっている。
紀田、侮りがたし。
故意か偶然かは知らないが、一応逃げ道になりそうなモンが二つも確保してある。


ずんずんと早足で部屋を目指すが、生成り色の絨毯がびっちり張られた廊下には、青い制服姿の警備員達が、大層な人数で徘徊しているのが目に付いた。