ありえねぇ !! 4話目 後編
しかも、彼らは何故か三人一組で行動しているらしく、あからさまな警戒態勢に眉を顰める。
だが、理由は直ぐにわかった。
入院病棟の奥に進むと、今度は黄色い布を体の何処かに身につけた少年達が、やはり徒党を組んであっちこっちの廊下の隅に座り込んで居る。
黄巾賊だ。
イラッときた。
だから、近くにいた小さい奴を一人、胸倉掴んで引っ張り揚げた。
「おい。竜ヶ峰を狙って、もうきやがったのか? ああ?」
中坊か高校一年ぐらいの幼い顔立ちなのに、所々顔面にテーピングをし、明らかに誰かに殴られでもしたような面構えだ。
勝気で喧嘩っ早そうだなと脳裏に過ぎったが、案の定、少年は直ぐに自分を睨みつけ、拳を振り上げ殴りかかってきやがりやがった。
仕方なく、軽めに一発頭突きを食らわしてやる。
「……あれ……?」
結果、伸びてしまった。
「おいおい、随分ヤワいじゃねーか?」
「さ、佐藤!!」
横に座っていた、ひょろ長いのっぽが飛び起きた。
調度良かったので、脳震盪を起こしたガキをぽいっと捨て、代わりにそいつの胸倉を引っつかむ。
「狙いは竜ヶ峰か?」
だが彼は、首をぶんぶん横に振りたくった。
「ち、違います、逆っす。俺達は皆【将軍】の命令で、【竜ヶ峰帝人】さんを護衛しているっす」
「はあ?」
【護衛】?
さっき徒党を組んで、襲ってきやがった三十人を、ぶちのめしたのが良かったのだろうか?
それなら抹殺取り消しで済む筈。
でも、襲ってきた奴らにしては、年齢層が明らかに違う。
街で会ったのは成人したのが多めだった。なのにこっちは中坊か高校生が嫌に目に付く。
「お前らんトコの将軍って、法螺田だろ?」
「あ……、あんなクズと紀田さんを一緒にしないで下さい!!」
佐藤と呼ばれたチビ助が、額に手をやり、ふらつきながら起き上がる。
「……ほ、法螺田は勝手に新将軍を名乗っているだけです。俺達の将軍は、紀田さんだけだ。他の奴なんて、俺は絶対認めないっ!!」
「紀田ぁ?」
こくりと首を傾げる。
いかに名前に関して物覚えの悪い自分でも、一昨日初めてしゃべった強烈なガキぐらい覚えている。
「紀田って、【紀田正臣】か?」
「そうです!!」
「あいつ、正真正銘、黄巾賊の将軍なのか?」
「はい!!」
噂に疎い自分でも、昨年ブルースクウェアアと黄巾賊が揉め合い、一人死亡者が出たのは聞いている。
それが黄巾賊の将軍の恋人で、カラーギャング同士の闘争に、女を人質にとるような真似した汚ぇ【青】が許せなくて、だから印象深くて記憶にはっきり残っていたのだろう。
ブルースクウェアが壊滅し、黄巾賊の将軍が抜けた事までは知っていたが。
まさか紀田正臣がその張本人だったとは。
(通りで自分に怯えもせず、喧嘩腰になれた訳だ)
並みの坊主じゃ、カラーギャングのリーダーなんて、仕切れる筈がない。
けれど黄巾賊を作り、去年まで束ねていたとすれば、彼もその時は中学生だろが!?
(あー、竜ヶ峰といい、紀田といい、この頃の学生は、一体どうなっているんだ?)
頭いてぇ。
「で、佐藤……つったか? これ全部、竜ヶ峰の護衛?」
「いえ、俺は個人的に紀田さんを守る為に居ます。新将軍気取りの馬鹿が、一昨日、【紀田正臣の処刑命令】出しやがったので。早く紀田さんも、法螺田の抹殺指令出してくれればいいのに。そしたらあんなオヤジ、あっという間に俺達親衛隊が潰してやれるのに」
意外だった。
あの少年なら、自分の親友を害されて、大人しくしている訳がない。
そんなイメージだったのに、それが全く行動に出ていないなんて。
まあ、只でさえ黄巾賊のダラーズ狩りが激化していたのに、ここで黄巾賊が真っ二つになって抗争するかもしれないなんて、トップなら内部抗争の回避を図るのは当然か。
「まあいい。後は直接紀田に聞く。中に居るのか?」
「え、…でも、貴方は一体誰ですか? 変な人は通すなって言われてますんで……、一応名前をお聞きして……」
「あ、【平和島静雄】さんだ♪」
「どうも、お久しぶりです」
能天気な女の明るい声と、真面目そうな少年の声が背後から聞こえた。
「……え!! ええええええ!!」
「嘘? ほんとに?!」
胸倉を掴んでいたのっぽも、佐藤少年も途端にガタガタと震えだす。
ぽいっと離してやり振り返ると、其処にはいつもの帽子を深々と被った、首に惨い傷跡のある女と、そいつにべったりと腕を組まれた、カジュアルジーンズと黒いパーカーを着た少年がいた。
少年は空いた方の手に、果物籠を持っている。
名は……?
「……あー、誰だっけ?……。確か……、俺にボールペンぶっ刺した奴だよな?」
「矢霧誠司です、その節はどうも」
礼儀正しくぺこりとお辞儀される。
「ほら、美香も」
「はい、誠司さん♪」
男に促され、慌てて頭を下げたのは、セルティが昔、【自分の首が人間の体に乗っている】と大騒ぎし、間違えた少女である。
詳細は今だよく知らないが、セルティもかなりしつこく追いかけ回したらしい。
自分も現場に一度出くわし、勿論親友のセルティに加勢したが、その時、誠司はこの少女を逃がす為、果敢にも【池袋最強】に喧嘩を売ってきたのだ。
名前も何処の誰かも一切知らない女なのに【運命の人】だと堂々と言い、【俺が愛しているから、彼女の気持ちなんて関係ない!!】と、かなりぶっ飛んだ持論を展開してくれた。
そんな歪んでいるが直向きな【想い】に免じて、静雄の膝に、二本もボールペンを突き刺してくれやがったのに、頭突き一発で勘弁してやった、ある意味印象深い奴である。
「まあ、運命の恋人とは、どうやらうまくいったみてぇだな?」
「はい、お陰様で♪」
(何で女が返事寄越すんだ?)
「平和島さんは、休日もバーテン服なんですか? すっごく似合ってますね♪」
「馬鹿野郎。仕事してきたに決まってんだろ。回収業ならなぁ、日曜日は稼ぎ時だろが」
「ああ、納得♪♪」
(だから俺が話してるのは、ヤロウの方だろがよ!!)
イラッときたが、ぐっと堪える。
美香という女は、セルティと違い、物静かなタイプとは縁遠いらしい。
ずいぶんと物怖じしない明るい女で、ますます、矢霧のような男が、一心不乱で守ってあげたくなる部類に当てはまらない。
だが、過去の事は、頭突きでケジメ、水に流した。
遮二無二追いかけてた愛しい女と、べったり恋人になっている姿に、まあよかったじゃねーかと、一応祝福をくれてやってもいいかと思う。
「で、お前らは竜ヶ峰の見舞いか?」
「はい。 俺達は竜ヶ峰と同じクラスだし。入院したって聞けば、普通来ますよね?」
「んじゃ他のクラスメイトは?」
「……あー、無理でしょね……」
周囲を見回し、にやっと笑みを浮かべる。
この男も、結構神経が図太い。
《ねえ静雄さん、この二人誰ですか? 誰ですか♪♪》
好奇心旺盛なミカドが勝手に手からすり抜け、人の肩に飛び乗り、ぽむぽむと急かすように跳ねている。
耳元でうぜぇだろが。
「…後で説明してやっから、黙っとけ……」
小声でぽそっと脅しをかけたのに、帝人の目はキラッキラに期待で輝いている。
駄目だこりゃ。
作品名:ありえねぇ !! 4話目 後編 作家名:みかる