ありえねぇ !! 4話目 後編
病室で情事をこっそりやるつもりで来たのだ。
紀田だって、そこん所はしっかり用心し、全ての窓もきっちり鍵かけて閉めているだろうし、
ふえっふえっと泣きじゃくっていた声が、そのうち錯乱も加わり、今は大声で泣き喚き出している。
心臓に悪い。
多分きっと、今、自分の顔は蒼白になっているだろう。
嫌な汗がじっとりとでてきている気配もするし。
それじゃお先に……と、姿を消すカップルになんかかまけていられず、静雄はドアの外で石になりながら、ひたすら首が自力で脱出するのを待った。
★☆★☆★
夕日が目に眩しい。
あれから、帝人の首を救出できたのは、一時間後。
看護士の姉ちゃんが、検温と栄養補給の点滴を取替えに来た時だった。
文字通り、絨毯の上をゴロゴロ転がり出てきた帝人の首は、泣きすぎてボロボロで、自分で満足に浮くこともできないぐらい、焦燥してしまった。
仕方なく今、自分はぬいぐるみを抱っこするように、両腕にしっかり抱えて連れている。
《……身体に戻りたくないです……》
ぽつりと呟いた途端、また目からほろりと涙が零れた。
結局首は、紀田が自分の体を使って性欲処理をする、生々しい本番セックスを、最後まで全部見ちまったらしい。
親友だと、きらっきら目を輝かせて信じていた男が一転、自分に欲情して喘ぎ、素っ裸にひん剥かれた己の体に、精子を散々ぶちまけてくれやがったなんて。
ショック度合いからすると、自分がトムに、寝込みを襲われるようなものだ。
もし帝人と同じ目に合ったら、人間不信処ではない。
立ち直れないぐらい心が折れる。
そう、自分ならきっと、泣いて実家に帰るかも知れない。
《私達……、園原さんを巡っての、恋のライバルで……、えっく………、ひっく……、なのにどうして……?》
ああ、そうだった。
園原杏里を巡って、三角関係だと信じてたんだよな、コイツ。
学園メロドラマですね~♪なんて、いっちょ前にほっぺたを真っ赤にして、テレまくっていたのに。
一夜あけたらコレか。
もう何と声をかけて慰めてやればいいのか判らず、遠い目になる。
ホモカップルが、自分のリアルな知人に居たのは別にショックではない。
けど、純朴そのものに思えた【竜ヶ峰帝人】だったのは驚きだ。
記憶を失う前だとはいえ、高校一年生の分際で、美香の盗聴が本当なら、身体の関係もバリバリあるようだし。
でも、今の首幽霊に過去はないのだ。
戻れなかったら幽霊のままだし、新羅の予測が外れていつぽっくり死んじまうかも判らない。
かと言って、無理やり帰らせれば……、百パーセント紀田正臣の餌食だ。
(……頭、マジいてぇ……)
病院から出て、少し行った先にセルティの黒バイクが止まっているのを見つけた。
大樹の陰に隠れつつ、ぶんぶんに手を振る首なしライダーに、手を振り返してやる余裕もない。
『もし足がいるならと思って来たんだが、遅かったな? それに、帝人はどうして泣いているんだ?』
PDAをつきつけられても、あの衝撃と、悪夢のような一時間を、何と言って説明したらいいか判らない。
扉一枚に隔たれているだけなのに、身も世も無く泣き喚かれて、あの悲痛な帝人の声に、自分自身もどうにかなりそうで。
延々と最強の脱力系癒し呪文『ミカドミカドミカドミカド……』と唱えていなければ、きっとあの集中治療室の二の舞、病室全部を破壊しつくしてしまいそうなぐらい、気がおかしくなりかけたのだ。
思えば、帝人の首と初めて会ったのはここだ。
それも金曜日の晩だったから、一昨日の事なんて。
「……ああ、そうか。まだ二日なんだ………」
時間で言うと、48時間。
それなのに……なんでこんなに、こう、次々と?
ぎゅっと拳を握り締めるが、全身小刻みに震えだし、止まらない。
「あ・り・え・ねぇ・ことばっか起きやがってぇぇぇぇぇぇ!!」
途端、自分もうっすらと涙ぐんでしまった。
「ああ、もう。俺も泣けるぞ。マジで同情する。今日はかつて無いほど竜ヶ峰に同情した。首幽霊になったのも哀れに思ったが、今日のこのショックの比じゃねぇ!!」
《ふぇぇぇぇぇんえんえんえんっえっ……えっ……、うああんっあんあんあん……》
「竜ヶ峰ぇぇぇ、泣いて泣いて泣き喚いて、気が済むまで泣いたら強く生きろぉぉぉぉぉ!! 」
《わあぁぁぁぁんあんあん!!……うわぁぁぁぁんあんあん!!》
『一体何があったんだ静雄!! 帝人!!』
自棄を起こし絶叫する俺達を見て、セルティが一人であわあわとPDAを振り回すが知るか!!
サングラス越しでも、真っ赤な夕日が、滲んだ目に染みた。
作品名:ありえねぇ !! 4話目 後編 作家名:みかる