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彼の唇

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背の高い彼の唇は、頭の上にある。
背伸びをすると彼がかがんで、あわせてくれる。
目を閉じる。
やがて唇に触れる、やわらかい感触。何の味もしないけれど、きっと甘いわ。
けれど、甘い唇はおびえるようにすぐに離れていく。
浮いたかかとを地面に降ろして目を開けると、背の高い大きな彼が、頭の色よりもっと真っ赤になっていた。いつまで経っても慣れずに真っ赤になってくれる、愛しいアナタ。笑みがもれる。
「桜木くん・・・」
うろたえた彼の瞳があたしを捉える。「晴子さん・・・」と掠れた声で桜木くんがあたしを呼んだ。
「また真っ赤になってる」
「!!」
目を見開いて、彼は自分のほっぺをぱしぱし叩いた。そんなにしたらほっぺまでもっと赤くなってしまうのに。
「こ、これはですねっ!天才が天才であるゆえに・・・。い、いえ!決して晴子さんとのキ・・・キキキキスが嫌なわけではなく・・・っ!」
硬直が溶けると、桜木くんはものすごい勢いで話し始めた。いつものことなのだけれど、くすくすと自然に笑みが漏れる。これも、いつものこと。
くすくすと笑いながら、あたしは彼の背後に高校時代を見る。高校時代とは比べ物にならないほどのバスケットプレーヤーになった彼は、大学卒業後の進路は既に決まっていた。桜木くんは、春からプロバスケット選手になる。
五月の爽やかな風があたしたちの間を通り抜けた。ぽかぽかした陽気の空に、白い雲が浮かんでいる。
遠いところまで来たね。
高校時代に大好きだった人の影が、真っ赤な彼の背後に見えた。それから、いつも楽しそうに桜木くんとじゃれあっていた、二つ上の先輩の姿が浮かぶ。
ふわりと風に浮いた髪を、手で押さえた。視界の端に黒い自分の髪が見えた。
本当に、遠いところまで来たわ。


高校時代、あたしは彼に夢中だった。
黒い、まっすぐな髪に、長い睫毛に縁取られた切れ長の目。鍛えられた体は、大人と子どもがせめぎあっていて、瑞々しかった。いつもクールな彼は、けれどバスケのときだけは違った。ぎらぎらした目つきをして、貪欲に勝利を求めていた。
―――流川楓くんって言うのよ。
いつもクールで冷たい彼が、あたしだけに微笑んでくれたら。あの、狂おしい目であたしだけを見つめてくれたら。どんなに幸せだろうって思っていた。
あたしはそんな流川くんを見たことがある。とっても綺麗な微笑みと、情熱的な瞳。バスケ以外でもそんな目ができるのだと感心すらしたほど。彼が見ているものは一つだけだった。
ただ一点、その人だけを。
でも、それはあたしじゃなかった。


その日はいつものようにバスケ部の見学をした後、藤井ちゃんたちと一緒に帰った。でも、途中で忘れ物に気づいて、しかもそれが明日提出のプリントだったので、あたしだけ学校に引き帰したのだった。果たしてそれは教室の、あたしの机の中にあった。
誰もいない教室は、ちょっとわくわくする。夜になりかけの空は、紫色だ。藤井ちゃんたちと一緒にいたときはまだ明るかったのに。空と同じ色に染まった雲が、ゆるやかに流れている。
「早く帰らないと」
そう一人で呟いて校舎を出たところで、やっぱり気になって体育館に寄ってみることにした。流川くんが毎日居残って練習をしていることを知っていたのだ。帰るのが遅くなってしまうけれど、怒られたらお兄ちゃんにかばってもらおう(でも、かばったその後でお兄ちゃんにも怒られるんだけれど、全然怖くない)。
正規の部活が終わってからバスケをする流川くんを見るのは特別な感じだ。どんなに見たくとも、そのときには結構な時間になっているし、なによりも無遠慮すぎて、さすがに見学することはできないからだ。親衛隊の子たちだって、きっと見たことがない。
(ちょっとだけ。ちょっとだけ・・・)
勝手に自分に言い訳をして、体育館に向かう。心臓が早くなるのがわかった。もうすぐ特別な(あたしだけの)流川くんを見れると思うと、体育館までの距離がもどかしい。
晩夏のこの時間は、昼間の暑気を振り払うようにうっすら涼しい。半袖では少し寒かった。
(この涼しさって、なんだか流川くんみたい。)
そう考えて、あたしは真っ赤になった。両頬に手を当てながら、足早に体育館へ向かう。
少しだけ扉の開いた体育館からは、中の光が漏れてきていた。かすかにボールの音も聞こえてくる。やっぱり、今日も流川くんはまだバスケをしている。流川くんの一途なバスケへの思い入れも好きだった。
そっと体育館に近づいて、中を覗いた。後ろめたい気持ちと、高揚する気持ちが半々だった。
(流川くんだ!)
あたしの位置からは背中しか見えなかったけれど、すぐに流川くんだってわかった。
流川くんは、(当たり前だけど)部活のときと同じTシャツと同じ短パンをはいて、(当たり前だけど)同じようにバスケをしていた。
バッシュが体育館の床にこすれてキュッキュッと独特の音をたてている。鍛え抜かれた流川くんの足が強く床を蹴って、高く飛んだ。キラキラと汗も一緒に飛ぶのが見えた。ガンッと音がして、ボールがリングを通り抜ける。流川くんがダンクを決めたのだ。
思わずため息が出てしまった。なんてかっこいいのだろう。もう限界だろうって言うくらいに心臓がドキドキ早鐘を鳴らしている。
(流川くん・・・)
と、そのときだった。流川くんとは別の声が聞こえたのは。
「そんなに飛ばすなよ、流川」
笑いを含んだその声は、ボールが床に落ちる音と一緒に聞こえた。テンテンと弾んでボールが転がっていく。
背中しか見えなかった流川くんが振り向いて、丁度あたしの方を見る形になった。ただ声の主のほうを向いただけなのだろうけど、それだけで嬉しい。
「別に、飛ばしてねー。アンタが体力ないだけ」
「んだと、テメー」
瞬間、あたしからは視覚になっている位置から流川くんの方へ、ボールが飛ぶ。声の主が投げたのだ(乱暴な人だ)。流川くんは難なくボールを受け止めて、相手が「チッ」と舌打ちをするのが聞こえた。それから、あたしは唐突に声の主に思い当たった。
(三井さん・・・?)
声しか聞こえないけれど、この声は三井さんだ。インターハイが終わってからも部活に出ている唯一の三年生。意外にも流川くんとは仲がいいようで、居残り練習に時々付き合っているのは知っていた。
ここにいるのは流川くんとあたしだけだと思っていたのに、勝手に少しだけがっかりした。
そんなあたしの気持ちなど知らず、三井さんは流川くんの方へ移動した。あたしからは三井さんの背中が見える格好になった。
「もう休憩はいいんスか?」
「・・・減らねぇ口」
「アンタに言われたくねー」
流川くんの声が心なしか優しい。流川くんが三井さんに懐いていることは知っていたけど、こんなに親しかったのかしら?
「アンタって呼ぶな。先輩と呼べ」
なんだか三井さんの声も、いつもより柔らかい気がした。いつもの横柄な口ぶりなんだけれど、トーンが違う気がするのだ。
「誰もいねー」
「誰もいなくても尊敬の気持ちを込めて先輩と呼ぶんだよ」
「あんたもそうだったのか?」
「あ?俺も一年坊主のときに先輩に対して尊敬の気持ちを持ってたかって聞きてぇのか?」
作品名:彼の唇 作家名:134