グンジルート捏造
「髪切ろうかなァ」
「……は?」
何を藪から棒に、とアキラは眉をひそめる。視線の先では、男が毛先を玩んでいる。髪は傷みきった黒だった。
「だってなんかさァ、黒でこんだけ長いと、ネクラっぽくない??」
「別に……」
どっちでもいいんじゃないか。というアキラの答えを男は聞いていない。髪を切ることは男の中でもう決定した事項であるらしく、アキラの意見なんて大して意味を持たなかったようである。こういう奴なんだよな、とアキラは溜め息を吐いた。その間にも、男は引き出しから鋏を取り出している。男は今度は鋏を掌で玩び、アキラへ歩み寄って鋏を差し出した。アキラは嫌な予感に眉間を押さえた。
「アキラ、切って???」
「自分でやれよ……」
アキラは男が意外に器用なことをもう知っていた。だから、やろうと思えば自分で何なりとできるだろう。ただし、やろうと思えば。男はもうアキラが切ると決めてしまっているらしかった。アキラは諦めて鋏を受け取った。…とりあえず前髪だけは短くしよう。アキラは滅多に見えない、この男の目が好きなのだった。
「終わり!文句言うな!以上!」
アキラは鋏を放り出すと、椅子に座って息を吐いた。男が鏡を覗き込んで、満足げに笑って振り向いた。その姿に、かつての面影はない。髪は脱色していないせいで黒に戻り、長さもアキラが切ったことで短くなっている。もしトシマの誰かが今のこいつを見たら、誰だこいつはと首を傾げるかもしれなかった。
ふいにチャイムが鳴る。腰を上げようとしたアキラに座ってろと目配せし、男が玄関の方へ歩いて行った。
アキラは服に付いていた男の髪を摘まんで、変わったもんだなと思った。
トシマでの出来事はもう遥か前のことに思えたが、置いてきたもののことを忘れたことはなかった。これからもきっと、忘れることはないだろう。忘れず背負って生きていく。それが大切なことなんだろうと今では思えるようになった。
玄関先で男が誰かと話している。
……そういえば、キリヲのこと。あいつは一体何処でどうしているだろう。探そうにも、同居人がジジがくたばるわけねーじゃん。そのうちひょっこり出てくんだろ。の一点張りで、大して探すことは出来ていない。まあ、キリヲが殺されても死ぬような男じゃないことはアキラにも解っているつもりだったが。
「おい、誰だ?」
アキラは椅子から立ち上がると、玄関の方へ歩き出した。男が笑って、来客を親指で差した。
「おかえりって言ってやれば???」
男が満面の笑みを浮かべた。笑んだ瞳が、前髪を切ったことで良く見える。切って正解だったなとアキラは笑った。
「なァおい、こいつ俺髪切ってんのに、良く判ったと思わね???」
「わかンだよそれくらい。伊達に長年コンビ組んでた訳じゃねェだろ」
それもそうかと男が笑った。お前ら仲良いなとアキラは言う。そんなことねぇと声を揃えた二人に、アキラは仲良いじゃないかと笑った。
「おかえり」
アキラがそう言うと、男も被せるようにおかえりと言ってアキラの肩に手を置く。
来客が後ろ手にドアを閉め、ただいま、と犬歯を剥き出すあの笑いを浮かべた。