グンジルート捏造
頼りない灯りに、前を歩くグンジの髪が輝く。灯りは、グンジが持っていたライターだ。塗り潰したような暗闇では大した明るさを発揮しないが、それでも心の支えにはなった。暗闇の中で、何の支えもなく歩くことは精神を酷く逼迫する。
グンジは先程から一言も喋らない。そのせいでアキラも口を開くのが躊躇われ、グンジの背を見ながら歩くことしか出来なかった。下水道の天井を通して、トシマの騒音が響いてくる。激しい振動に時々下水道の壁が震えた。トシマはこれで無くなるんだろう。良いことなんか何一つ無かったのに、何と無く名残惜しいような気がした。きっとそれは、グンジは尚更だろうとアキラは思った。
「トシマも、終わりかァ」
アキラと同じことを考えていたらしいグンジが溜め息を吐いた。
「トシマには何時からいるんだ?」
「ん?んー…ずっと前から」
グンジが歩く速度を緩め、アキラの隣に並んだ。アキラはグンジを見上げて問う。
「覚えてないのか?」
「気が付いたらいたってカンジだなァ。自分の年とか覚えるより、先に覚えなきゃいけないこともあったし」
「覚えなきゃいけないこと?」
うん。グンジは呟いて、それから口を閉ざした。不味いことでも訊いただろうか。途切れた会話に、アキラは前を向いた。
「……生きる術、ってやつ」
アキラはグンジの方を振り向いた。しかしグンジはアキラの方を見ず、鋭利な横顔をアキラに晒していた。
「死にかける度、ここで死ぬ運命なのかって思うとすっげえ悔しかった。死ぬために生まれてきたのか、殺されるために生まれてきたのかって思うと。」
グンジが複雑な顔で髪を掻き上げた。こんな顔もできるのかとアキラは驚く。
「だったら生きてやろうと思った。だったらその分殺そうと思った。誰かを殺すことで自分を証明する」
グンジは再び口を噤んで、それからアキラを見下ろし、嘘だと笑った。アキラにはそれが言い訳のようにしか聞こえない。表情を変えないアキラに、グンジが苦笑のようなものを浮かべた。
「……どうして、あんなこと言ったんだ」
「あんなこと?」
「生きろって言えって」
グンジは生返事を返すと、罰が悪そうにまた前を向いた。
「誤魔化すな」
アキラが追い討ちをかけると、困ったようにグンジは唸る。それから勘弁してくれというような視線をアキラへ投げ掛けたが、アキラは許しはしなかった。グンジが溜め息を吐いた。
「理由は、…ねえよ」
「だから……」
「したいからしたんだよ!理由がいんのか!?あァ!?」
グンジは苛苛と叫ぶと、それからまた罰が悪そうに顔を逸らした。アキラからライターを奪い取って、下水道の何処かへ放り投げる。じゅっと火が消える音。
「おい!」
「うるせえ!こっち見んな!!!」
「こんなに暗いのに何か見える訳あるか!」
グンジが反論しようと口を開きかけ、しかし反論の言葉を見付けられず苛立たしげに唸った。アキラは怒りたいのはこっちだと思った。何が癪に触ったのか知らないが、何で俺が当たられなきゃならないんだ。
「理由を付けないってことは、やりたいようにだけやるってことだろ。理性がないなんて、動物と同じだ」
アキラはつい険のある口調で突っ掛かる。はあ?とグンジが問い返して、
「ニンゲンだってドーブツじゃねえかよ」
「なんだよ、それ」
「何もかんもねーの!俺がそうしてほしいから言ったんだよ!文句あんのかァ!!!」
グンジは言い切って、してやったりと鼻を鳴らした。アキラは咄嗟に反論しかけ、それから言葉の意味を考え、それから頭を抱えた。…なんだこの状況は。グンジは口を噤んだままアキラの言葉を待っている。どうやら、意味が解って言っているふうもなかった。そうしてほしいってのは生きていてほしいってことで、生きていてほしいなんてよっぽど、
アキラは深々と溜め息を吐いた。何だよとグンジが不機嫌に問う。
「何でもない」
「嘘つけ」
「煩い」
「おい……」
「もう黙れ」
つい足を速めたアキラの腕をグンジが掴んだ。
「暗いんだからわかんなくなるだろ。先行くな」
自分が解ってないんだから余計にタチが悪い。アキラは生返事を返して、見えもしないのにグンジから顔ごと視線を逸らした。不思議と嫌悪感はなかった。そう思える分には、もしかしたら俺もよっぽど、
視界は闇に閉ざされ、自分の姿さえも見えない。聴覚は轟音に痺れ、ほとんど麻痺しかかっている。歩く足も棒のようになって、しっかりと地面の感覚を伝えて来はしない。今やはっきりと伝わってくる感覚は、掴まれた手だけだった。
どれぐらい歩いてきただろう。アキラは後ろを振り返ってみた。しかしいくら目を凝らしても、闇の中に何も見出だせはしなかった。
「……背負ってやろうか」
グンジが歩く速度を緩め、振り返らずに言った。アキラは暗闇をじっと見つめて瞬きし、それから正面を向いて足を速めた。
「いいよ」
「ほんとに?」
「ああ。これは、俺が背負わなきゃならないものだから」
「……そっか」
もう迷いはなかった。