あい?まい?みー?MINE!!
初顔合わせから2日後。
今度は英語の学習会を行うとの事で、帝人は先日の通りに道を行き、校舎に入ると先ず職員室に顔を出した。
前回は途中参加になってしまったが、今回は最初からの参加になる。担当教諭と現在の進行具合や授業での様子等と言った内容を打ち合わせして、帝人は静雄を含む生徒達が待つ教室へと入って行った。
余談であるが、ボランティア初日参加の翌日、ゼミで顔を合わせた友人に一発見舞った所か、おまけに蹴りまで入れて、更には有名カフェの最も値段の張るスイーツを奢らせる事で、漸く、帝人の腹の虫は納まったのだった。
教室に入ると、やはり生徒達は大人しく、とは言い難いが、それでも渋々と言った体で、教師陣の到着を待っている。
先日の数学の学習会とは、多少面子の入れ替わりも見られるが、5割の生徒は、同じ顔ぶれだった。
そして、定位置にでもなっているのか、やはり、平和島静雄は窓際の席に鎮座している。
ムスッ、とした顔で頬杖を突き窓の外を見ているようだが、帝人の入室の際、チラリとこちらに目線をくれ、それが誰か認識した途端、言われぬ緊張感で身を固くした事を、しかと帝人は見抜いていた。
先程まではどうか知らないが、今現在の彼は、意図的に此方に視線を外しているようだ。
嫌われたかな、と、少し心が痛んだが、ボランティアで来ている以上、個人的な感情は挟めないと、他2名のボランティアが揃い、放課後学習がスタートを切ると、帝人は頼まれた通り、真っ直ぐに静雄の許へと歩いて行った。
「こんにちは、平和島君。本日も宜しくお願いします。」
一昨日と同様に、静雄の前の席に腰掛ける。そして、ふと、顔を上げると、何時の間にか此方を向いていた静雄と目が合った。
おや、と帝人は思う。静雄の、薄茶の双眸の中に、揺らぎを見たからだ。
それが警戒はなく、困惑の色に満ちている事に気付いて、帝人は内心、首を傾げた。
前回も今回も、彼が困る様な事はしていないと思うのだが、教え方は別にして、と、帝人が思考を巡らせる間に、沈黙が数秒、落ちる。
埒が明かないと、口を開こうとするのに一瞬早く、ポツリと、言葉が零れた。
「……アンタ、変わってるって、言われねぇか?」
は?、と間抜けな音が漏れてしまった帝人の顔は、心底、その言葉の真意が分からないと、音同様間の抜けた表情を静雄に晒してしまっていた。
変わってる、とは、初めて言われた言葉である。普通だ何だと生まれしよりずっと言い続けられ、自身も通行人Aを自負していただけに、静雄のこの疑問は、ある意味帝人に衝撃を与えた。
眼前の気の抜けた顔を見遣る静雄は、やはりこの男は変わり者なのだと、帝人の認識について再確認させられた。
前回については、もしかしたら静雄の事は知らなかったんじゃないかと、帰宅してから後、思い至った。
だから、次回にはあからさまに静雄を避けるか、下手をしたら来なくなるのではないかとすら考えたのだが。
この、吹けば飛びそうな、静雄が一撃入れただけで一発で伸びるどころか病院送りに出来てしまいそうな彼は、相も変わらず静雄の前に座り、笑い、静雄の質問に対して無防備に曝け出して見せる。
変わり者と言うよりも、怖い物知らず、もしくはただの無鉄砲な馬鹿なのか。
静雄は呆れるが、それでも、長い間、あからさまに拒絶され、遠巻きに嫌悪されて来た彼には、こうして旧友の様に、何の気負いも無しに接してくれる事が、戸惑いもあるが、酷く嬉しく、こそばゆい。
目の前の男が、自分の人外レベルの力を目の当たりにして、遠ざかっていかなければ良いなと、静雄は無意識に思っていた。
何時までもこの状態では進まないかと、静雄はフッ、と表情を少し緩めた。
すると、聊か見た目が若過ぎる"先生"は、微かに瞠目し、そして、微笑んだ。
「さて、今日は英語、だね。一応先生にはある程度の進み具合を聞かせて貰ってるんだけど、目で確認したいから、今までやった課題、見せて貰っても良いかな?」
帝人が右手を差し出すと、静雄から1つのファイルを手渡される。
この中に課題が挟まれているのだろう。存外に几帳面な性格のようで、更に微笑ましくなってしまった。
が、中味を見せて貰った直後、微笑ましさはそのまま固まり、更にピシリと罅が入る。
「―――――……えぇと…平和島君、は、理系の方が、得意、かな?」
先日の数学のプリントは、ケアレスミスは見受けられど、そこまで危惧する程、出来が悪かった訳では無い。
だが、此方の英語の課題は、空欄自体も多く見られ、入れられたチェックは殆どが×印である。はっきり言ってしまえば、出来が壊滅的なのだった。
濁した部分から何かを感じ取ったのだろう、途端にばつの悪そうな、それでいて少し拗ねた表情で視線を逸らして。
「―――…別に、一生日本から出てく予定もねぇのに、んな言語勉強して何の役に立つってんだよ。」
英語不得手者のテンプレ台詞で以て反論してきた。
はぁ、と思わず喉から迫り上がって来た溜息を無理矢理押し戻す。
そう思う気持ちも、得手不得手がある事も理解は出来るが、だからと言って見過ごしていると後々苦労する事が目に見えている。
最低限で良いから、彼の為に、どうにかして知識を蓄えて貰いたいと、帝人はファイルを机の上に戻した。
そして。
「平和島君。英語が苦手だろうが何だろうが、今の日本じゃ残念ながらやるしかないよ。気持ちは分かる。でも、屁理屈捏ねてもやんなきゃならない事実が覆らないなら、腐ってる間に出来る事があるよね?」
「……」
「本当は文法とかも大事だけど、君には先ず、単語を覚えて貰う事から始めよう。教科書出して。」
あの"平和島静雄"相手に、説教した上に、教科書を出させた強者。
真剣な顔をした帝人は気付いていないようだが、静雄は、右側から感じる好奇心丸出しの視線を感じて気分が降下した。
思わず感情がまま表に出そうになったものの、目の前にある顔は真摯であり、そこから滲み出る気持ちが打算では無く、純粋な好意からである事も感じ取れたので、どうにか抑えるに留まる。
教科書をパラリパラリと捲り、目を通し終わった帝人の言葉は。
「取り敢えず基礎の単語さえ覚えて貰えたら、あとは単語並べるだけだから。高校入試には長文も出るだろうけど、兎に角、単語で文の意味を何となくでも理解できるまでにはなろうね!」
さぁ、来週から単語テストをしよう、来週までに教科書の単元3・4単元分の単語、覚えて来てね。
じゃあ、今日の分もサクサク進めようか。言っとくけど、僕、手加減はしないからね。
童顔に似合いの甘いフェイスから放たれた言葉の弾丸は、鬼のように厳しかった。
作品名:あい?まい?みー?MINE!! 作家名:Kake-rA