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囀るなよ、鳥

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武田信玄が戦のさなかに病に倒れ、それが一朝一夕で治るものではないとわかったその夜に、真田幸村は初めて己の影と身体を結んだ。
 
 それは寄る辺を失くした獣同士が寄り添うような、逃げ場のない自然の行為だった。


 常であれば肌の焼けるような灼熱さえ涼しい顔をして耐える忍は、幸村の床に侍る時には呆気なくあつい、と素直に喘ぐ。
 幸村は閨事には詳しくはない。経験も浅い。だから初めのうちこそ驚いて、あついあついと啜り泣く忍をいたわるように、ことさら優しく触れようとした。
 だが近頃は、己の下で悶える忍に、ちがう衝動を抱く。
 ひどく不穏な感情が、蛇のように鎌首をもたげる。
 幸村はそれを押し隠すために、いっそう熱で総てを覆い尽くそうと躍起になっていた。


 若虎として縦横無尽に戦場を駆けた頃とは違い、今の幸村には采配の責任がある。己でもつたないと思わざるを得ないそれを、何とか続けていられるのは、かけがえのない大きな導き手を失った幸村を支えようと尽力する兵たちがあってこそだった。
 幸村は深く彼らに感謝していた。
 だからこそ、今は戦のたびに背筋が総毛立つ。かつては興奮と高揚のみに満たされていた戦場で、ふとした瞬間に幸村を恐れが襲う。
 幸村が手の振り方ひとつ誤れば、彼らは容易く命を落とすのだ。
 その実感に強張った手の振り方を迷う時、背を押すのは己の影たる青年だった。
 幸村は、己の背を誰よりもつよく厳しくやさしい力で支えているのがだれなのか、痛い程承知している。
 その相手は戦が終わると決まって、幸村の寝所を密やかに訪れた。


 恐れを含むようになったとて、戦場の喉がひりつくような空気はいまも変わらず幸村を高揚させる。その気分を引き摺って乱暴に手を伸ばしても、影はいつも少しも抗わずに身を横たえた。さすがに慣れた幸村が節くれだった熱い手で触れると、焔を灯すようにして熱は容易く彼の肌に移った。
 ひそやかな衣擦れの中にやがて、はぁ、と小さな息が混じる。
 幸村は情事の際には口を閉じている。というよりも、己の中に籠った戦の熱を逃がすのに必死で、荒い息使いを繰り返す以外に何も口にできないのだ。
 その代わりと言わんばかりに、細い体躯をした忍はうっとりと眼を細め、甘い声で先を強請ったりする。白い手が闇の中で幸村の首筋に絡まり、耳元で影はああ、と呻く。
「……つらいか?」
 珍しく幸村が口を開いたことに、やや驚いたような気配がした。幸村がちょっと顔を離せば、至近距離で顔が触れあう。
「あんた、は、どこもかしこも、あついからね…」
 息を乱して呟く忍の双眸に、かすかに浮かんだ雫を見た時に、
「佐助」
 幸村は、それまでの熱をすうと醒まして告げた。
「そのような、ふりをするな」


 途端に強張った忍の顔を見て、ああやはり言うべきではなかった、と幸村は思う。
 だが、とても耐えられない。
 幸村の影は決して涙を流したりはしない。己の感情に奔流のように流されることなどあり得ないのだ。涙を流すとしたらそれはすべて、あらゆる任務と謀略を進めるための擬態でしかない。
 ほかならぬ己に対する擬態には、これ以上耐えられそうもなかった。
 青褪めた忍は――しかしこれは擬態ではなかった――幸村を仰ぎ見て、何も言えずに絶句していた。
「佐助」
 ひくりと忍の肩がふるえる。その肩を宥めるように指でなぞると、それまでの熱はかき消えて肌はつめたく強張っていた。
「俺はお前に無理強いをしたいわけではない。……慰められるのは確かだが、そのためにお前にこのような真似をさせ続けるつもりはない」
「――やめてよ、」
 忍はようやっと、口を開いた。幸村がそっと体重を退ければ、ゆるりと腕をついて上半身を起こした忍が、ためらうように視線を伏せながら幸村と向き合う。
「旦那は、―――そんなことを気にしなくていいんだよ」
 幸村はそれを聞いた途端に表情を変えた。
 佐助が息を呑むのにも構わず、「そんなこととはなんだ」ときつい口調で問い詰める。
「お前は俺の忍だ。真田の誇る忍の中の忍、それが己の意に反してこんな」
「反してなんかないだろ!」
 影が叫んだ。
 幸村が口を閉じたのは、気圧されたわけではない。佐助の声に含まれた切羽詰まった焦燥は嘘ではなかった。それをひそかに喜んだ。
 伏していた視線をあげて、真正面から主を見据えた忍は、怒気すら発しながら言葉を紡ぐ。
「俺様がいつそんなこと言ったよ?
 勘ぐるのはやめてくれよ旦那。余計な考え事には向いてないんだから、あんたはいつものとおり黙って熱冷ましをしてりゃいいんだ」
「人と人とが抱き合うことは熱冷まし、か?」
 佐助はしまったという顔をした。
「そら、お前は己を俺の受け皿だとしか思っていまい」
「………それの何が悪いんだよ」
 忍は押し殺してくぐもった声音で言う。幸村はじっとその姿を見据えて、
「―――お館様の拳の代わりまで背負おうとするな」
 言えば、今度こそ佐助は言葉を失った。
作品名:囀るなよ、鳥 作家名:karo