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囀るなよ、鳥

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 幸村自身も意識していなかったが、戦の前、日常、戦の後で繰り返されたあの偉大なる虎との殴り合いで、幸村の異能ゆえの焔は見事に発散されていた。佐助が師弟のじゃれ合いのようにみえた行為の意味に気付いたのは、虎を失った幸村がだんだんと身の内に異様な熱を溜めるようになってからだ。
 初めの夜は、ふたりして互いに互いへしがみつくような、おそらく二度とはないあの瞬間だけの触れ合いだった。あのときに、佐助はそのまま芯からぽきりと折れてしまうのではないかという主を慰めるのに必死だった。己でも意外だった。そのまま折れてしまうようなら武田を見限ろうと、ひそかに思い描いていた計算を裏切って、影は縋るように焔へ寄り添うしか選べなかった。
 朝を迎える前に、覚悟は決まっていた。
 影をかき抱いたままの主が、信玄が倒れて以来はじめて見せる整った寝顔には、まだ幼さすら垣間見えた。いっそ清々しいほど馬鹿正直にも程があり、融通がきかない、謀略などとはかけ離れた場所にある、ひとつの国を導くにはあまりに純粋で歪な武将。
 それを主として地獄の果てまでもゆくのだと、佐助はそのときに理解した。
 

「気負うな、とはとても言えん。……俺は、お前の助けがなくば今よりさらに惑うだろう。だがそのせいでお前をお前でなくすのは厭だ。――佐助、何をそんなに怯えている」
 佐助は、時折同じ失敗を繰り返してきた。
 馬鹿がつくほど正直で、融通のきかない主は、その歪むことを知らない眼で真実を貫くことが多々あった。
 隠すな、と主の眼はいう。
 すべてを曝け出せ、と。
「俺は、」
 佐助は喘ぐように息を繰り返す。
「大将の、病すら見通せなかった。全部を見なきゃならなかった。それが俺の役割だったのに――兆候がないわけがなかったんだ、あんな、重い――なのに気付けなかったのは大将が、……隠して、俺がそれに――騙されたから、
 忍のくせに、とんだ間抜けだ。手打ちにあったって当然の失態だ。
 だから――今度こそ、何も、見逃さないって―――」
 あんたの身体が熱いのに気づいた時は、こわかった。
 焔を昇華させるほどの拳の打ち合いなど、忍にできるものではない。
 だから代替行為を見つけた時に、佐助は心底ほっとしたのだ。そうしてそれが手段であると悟られないように、慎重に主をいざなった。
 

 唇を噛みしめるようにして項垂れる忍を見詰める幸村を支配していたのは、己でも不思議なほどの充足感だった。
 飄々とした忍はいつも、饒舌であることで本心を隠そうとしていた。
 あくまで幸村をたてながら、時に親子のように、時に兄弟のように、時に友人のように。その場に相応しい態度を即座に選んで接してくる忍は、なるほどこのうえなく優秀であった。そしてすべてにおいて完璧で完全なそれは、決して幸村の理解の及ぶ人間の在り方とはちがった。
 今、心細げにしている薄い身体をした青年は、確かな実体を以って幸村のそばにある。信玄が倒れ、己を大将として扱い、立場の差を明確にしておきながら、こうして容易く崩れる姿はまるで、
 忍ではなくにんげんのようだった。
 

 手を伸ばす。ふと顔をあげた影の首筋を掌で覆い、そのままぐいと力を込めて引き倒す。
 一瞬だけ抗おうとした手を、結局幸村の胸に添えてみせる姿が、擬態ならばやはり大したものだ。何かを口にしかけた忍の唇をぐいと親指で押し、
「もう、何も言わずにいろ」
 先程は強引に開かせた口を、閉じるようにと命じれば、影はかすかに安堵の息を漏らした。
作品名:囀るなよ、鳥 作家名:karo