知念+木手
がくがくと、寒くてたまらないように体をふるわせ永四郎は言った。
「気づいちゃいけないの。ボクは、もう止まれないのよ」
放たれた矢のように。
射手の手をはなれた矢は、空気を切り裂き飛び続けるしかない。
たとえその行く先が自分の求めたものとは違うと気づいたとしても、修正もできず、止まることもできないままに。
痛くても、苦しくても、辛くても、
どんなに傷つけられても、それは嬉しいことなのだと呟き続けて永四郎は男と寝るのだ。
「永四郎」
「なあに」
永四郎は俺を見ていなかった。
目は焦点を失っていて、笑みは口元に貼り付けられたように固まっていた。
「永四郎」
俺が愛してやれればよかった。
俺が永四郎を受け入れ、愛し、包みこみ、その心や傷を癒してやることができればよかった。
しかし俺はできもしないだろうことに手をのばせる人間ではなかった。犬や猫ですら、その一生に責任をもつということは並大抵のことではないのに、こんな同情や何かで手をのばせるほど、俺にとって人ひとりの人生というものは軽く、簡単なものではなかった。
永四郎に手を伸ばすということは、家族や友人やそういった全ての自分に関わる人間を失望させ、関係を失い、軽蔑されることになっても、それでも永四郎を腕に抱いていられればいと覚悟をするということだ。
そんな重く、恐ろしい決断は俺にはできなかった。
傷つけられてなどいないと言い張るために、それを証明するために幾度も自分を傷つけ、ほら何でもない、自分はこうされるのが好きなんだと凍った目で笑ってみせる永四郎を、俺は救ってやりたかったが、
俺は自分と同じか、それ以上の重さをもつ人間の人生ひとつを背負えるほどの度量も、力もなかった。
そんな恐ろしいことはできなかった。
俺は立ち尽くしていた。
永四郎は、誰かに救ってもらうことなど頭にもないように、
すがりつくでもなく、ただ震えながら、おびえながら、顔にいびつな笑みをはりつけて、こちらをむいて、
俺を通り越したどこかを見つめていた。