未定01
「国って日本以外にもいるの?」
「ええ、もちろんです」
「ふーん……。いや、私、国じゃないし」
「はい。しかし、どうしてもあなたに来て欲しいという方が」
「誰それ」
「アメリカさん、という方です。国はご存知でしょう?」
「アメリカ合衆国?うん、知ってるけど。……どういう人?」
「そうですね。ええっと、長身で金髪蒼眼、そして明るいお方です。ちょっとメタボ気味ですが」
(メタボて……)
「どうでしょう?私としても、皆さんに琴音さんを紹介したいと思っています」
「えぇ……」
日本のほんのりと期待を滲ませた目で見られては、はっきりとは断りづらい。
しかし、各国のトップ扱いであろう国達が集まる中に、自分とは。
ちょっと場違いな気がしてならないし、気後れしてしまう。
その曖昧な態度に、日本は琴音の不安を察したらしく。
やわらかく微笑みながら、こう言った。
「難しく考えないで下さい。皆さん、とても賑やかな方ばかりですので」
「そうなの?」
「はい。エスニックジョークの本からそのまま飛び出した様な、そんな方達ですよ」
「うーん、じゃあ行こうかな。他の国も気になるし、お花見したい」
「分かりました。では、金曜の17時頃に学校まで車を手配しておきますね」
「うん……って、ちょっと待って!」
がばっと顔を上げて焦る琴音に、日本もつられて焦る。
「どうしました?」
「学校はやめて。えっとほら、学校近くの駅でお願い」
日本は首を傾げつつも、その条件を呑んだ。
琴音としては、もうあんな恥ずかしい思いはごめんこうむりたいのだ。
(ああ、そういえば私……まひると夕菜になんて思われてんだろ)
そして数日が過ぎ、約束の金曜日。放課後。
無事帰りのHRが終わり、あとは待ち合わせの17時を教室でゆっくりと待っていた。
しかし琴音の席の周りには、椅子を集めて左右にまひると夕菜、そして前には千朝。
それぞれ好きな菓子や飲み物を持ち寄り、琴音の席に集合していた。
これは、あの日本のことを話せとの物言わぬ催促だろうか。
「あのさ、みんな。何かな、私に用?」
琴音が気まずそうに口を開くと、ミニペットボトルの紅茶を飲んでいた千朝が言った。
「この前の親戚について。確か、超高級車で琴音を迎えに来たらしいじゃない」
続いて、口数少ない夕菜も問いかける。
「琴音。危ないことしてないの?心配だよ」
「そーそー。なんかちょっと噂になってたよ」
ポッキーをガリっと折ったまひるが畳み掛ける。
「うっそ、マジで?」
「それが、マジなんですわー」
「………………」
人事のように言ってのけるまひるは、戸惑う琴音を余所に再びポッキーに手を伸ばした。
「あ」
まひるが取ろうとしたポッキーを箱ごとさっと奪い取る夕菜、そして。
「ねえ、琴音。言ってくれれば、私達も出来るだけ力になるから」
横ではまひるが、口を尖らせている。
このままじゃ約束の時間までに解放してもらえないだろうと思い、琴音は打ち明けることにした。
「じゃあ、説明するね。実は……」
「え、じゃああの人って国なの!?」
「うん、なんかそうらしいよ。私は信用してないけど」
「同居って……変なことされてない?」
「ないよ。あの人お爺ちゃんなんだって、ああ見えても」
「琴音のお母さんはいつ帰ってくるの?」
「わかんない。そのうちフラっと帰って来るよ。いつもそうだし」
琴音から説明を受け、一通り質問をし終えた3人はとりあえず落ち着いたらしい。
三者三様の相槌を打つと、納得した。
「じゃ、説明はこんな感じで良い?今日は5時から予定あるんだ」
携帯電話をちらりと見やり、琴音は席を立った。
「あ、うん。今日もその……日本さんと?」
同じようにして千朝も席を立つ。
「そうそう。今日は他の国と花見するから、一緒に来いって」
その言葉を聞いて、まひるがパっと顔を輝かせる。
「えーっ!なにそれ他の国とかいるの!?楽しそう!!」
「いやー、楽しいかは分かんないや……それじゃ、また来週ね」
去りかける琴音を、静かに呼びかけるのは夕菜だ。
「琴音」
「ん?」
「気をつけてね」
「うん、ありがと」
「あと」
「なに?」
夕菜は少しだけ間をおいてから言った。
「このこと、私達だけの秘密にしておくから。安心して」
さすがは彼女だ。とても気がきく。
「ありがとね、じゃあばいばい」
「うん」
小さく手を振ると、スクールバッグを肩にかけて教室を出た。
駅まで歩くと、あの高級車が停まっていた。
どうやら今日は運転手しかおらず、日本とは花見会場で合流するようだ。
この前の様に後部座席に座り、バッグを置く。
「えっと、桂さんでしたっけ」
「はい」
「よろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ」
身なりを綺麗に整えた清潔感のある中年男性は、ゆっくりと車を発進させた。
車内には小さな音でラジオが流れているが、今日はなんだが電波がうまく入らないようだ。
若干のノイズ混じりであり、沈黙が気まずい。
「桂さん」
「はい?」
「私の母と知り合いですか?」
再び桂は、ぴくりと手を反応させた。
「ああ、あなたのお母様は私の上司なんですよ」
「……そうですか」
本当にそれだけだろうか。彼の反応は、なんだか腫れ物に触るようなそれと同じだ。
母がよっぽど彼に嫌がらせ等をして苛めていたのだろうか。
いやまさか、あの来る者拒まずな母が。
もしそうだとしたら、これ以上の質問は酷だろうと考えた。
(根掘り葉掘り聞くのもちょっとアレだし、まあいいや)
琴音が窓から夕暮れの街路樹やビル街を眺めているうちに、桜の咲き乱れる公園に到着した。
もう夕方ということもあってか、人ごみが結構凄いことになっている。
車から降りると、丁度よく日本が小走りで現れる。
見慣れないスーツを着ている。そういえば会議の後で直行すると言っていた。
「あ、琴音さん!こちらです。桂さん、ご苦労様です」
「いえいえ、日本さん。では私はこれで」
「はい、ありがとうございました」
「あ、どーもでした」
日本に続けて、慌ててさっさと車に戻る桂に礼を言った。
桂は振り向いてこちらを見ると、柔らかく微笑んで会釈をした。
「……?」
まるで、懐かしいものから離れるのを惜しんでいるような、そんな笑顔だ。
きっと日本に向かって微笑んだのだろう、そう思って隣を見やる。
「あれ?にほ……」
「琴音さーん!お急ぎください!皆さんお待ちですよ」
少し離れたところで、日本はこっちに叫びつつ手を振っている。
「すぐ行くー」
どうやら先ほどの笑みは、自分に向けられたものだったらしい。
ほとんど面識のない自分に、だ。
少しひっかかりつつも、琴音は人ごみを避けつつ日本の呼ぶ方へと走った。