どしゃ降りの涙♪
どしゃ降りの涙♪ 1
「セイラン〜!!」
エミリア宮に、羽音もあらあらしく、妖精ロザリアの甲高い声が飛び込んできた。
「セイラン・レミエル!! 大変ですわ!! アンジェが……アンジェが!!」
だが、愛しい恋人の名前を連呼されても、美貌の天使は筆も置かず、もくもくとキャンバスに色をのせつづけている。
妖精ロザリアに、一言も口を利かないどころか一瞥も投げかけない。
彼は今、怒っていた。
静かに……でも凍てついた心をそのまま顔に表し、冷たく暗〜く怒り狂っていたのだ。
(全く……アンジェめ!!この僕をこんなに待たせた挙句、親友を差し向けてくるなんて……人を馬鹿にするのもいい加減にして欲しいね!!)
筆を握り締める手が白くなる。
力を入れすぎて震える指を宥めながら、セイランは描きかけの愛しい天使の瞳に美しい緑をのせた。
(この子に魅入られてから僕は狂ってしまったらしい。人と係わり合いになるなんてまっぴらだったのに、ほら。君が姿を見せないだけで、胸が絞めつけられるように痛くなる……)
インフォスが堕天使ガープの脅威にさらされた時、下界に派遣された天使は、なんと卒業を間近に控えた学生のアンジェただ一人だった。
≪私達は貴方が一番の適任者だと判断しました≫
ディア・ガブリエルの静かな微笑みと口車を真に受け、必死で勇者と一緒にインフォスを救おうとしたアンジェは……セイランから言わせてもらえば、馬鹿そのものだったと言えよう。
彼女が選ばれた本当の理由は誰の目から見ても明らかだった。四大天使の一人でありながら、執務を放棄してしまった彼女の父……屍天使クラヴィス・ウリエルを、職場復帰させることを目論む詭弁にすぎなかった。
しかも大天使側はクラヴィスを引っ張り出すのに夢中なあまり、アンジェのひたむきさと生真面目な性格も、全く考慮にいれてなかった。
アンジェは、実力不足を持ち前の根性とめげない明るさでカバーし、寝食を忘れ、十年の月日全てをインフォスと勇者のためだけに捧げた。
ロザリアと被り物が大好きな奇抜な妖精……オリヴィエ・フロリンダのみを従え、六人の勇者にひたすら加護を与えて守り続けた。
大天使の目論みは外れ、アンジェは絶対にクラヴィスを頼らなかった。いくらアンジェが溺愛するただ一人の愛しい娘とは言え、クラヴィスも内気な性格である。娘の意に添わぬ助力を勝手に与えることもできず、彼もただ傍観するしかなかった。
だが、いくらやる気だけあっても何一つ実践経験のない新前天使にとって、この任務は最初から無理な仕事だった。
その彼女の力不足のつけは、結局六人の勇者と、エミリア宮の番人……セイランへととばっちりが来たのだ。
☆☆
ドダダダ!! と、独特の音で扉が叩きつけられるようにノックされると、次に了承も得ないまま、ばたんと荒々しくドアが開けられる。
顔を見なくてもわかる。父に似ず騒々しい、金髪の天使だ。
「すいません!! グリフィンとレイヴとシーヴァスとアーシェ来てませんか!!」
(一気に四人か!! この子はもう!!)
彼女は初め、何度も何度も勇者を死なせた。
魂の管理が、セイラン・レミエルの役目である。彼はイーゼルの前から軽く体を捻り、風を操り書棚から一冊のノートを取り出した。
リストを捲って名前を確認する。
「ああ、さっき入宮したようだね」
「いってきまぁす!!」
アンジェはセイランの同意を得るのを忘れ、即迷宮のゲートに飛び込んでいく。
いくら勇者とはいえ、死者をそう簡単に下界に戻すわけにはいかない。
エミリア宮から魂を連れ出す天使は、己の力不足とセイランの手を煩わせたペナルティとして、自身で迷宮をさまよっている魂を救わねばならない。
リミットは十日間……それを過ぎれば、管理人セイラン・レミエルの名にかけて、預かっていた魂を本物の天国へと送るのが決まり事だ。
だが、金髪の天使は……究極の方向音痴だから。
中で死んだ勇者の魂と出会えれば、出口まではその者がアンジェを連れて出てきてくれたから良いい。問題は、彼女がなかなか勇者を見つけられなかった時だった!!
≪う……うぇぇぇぇぇんえんえん!! グリフィン死んじゃ嫌ぁぁぁぁぁ!! アーシェェェェェェ!! どこぉぉぉぉぉ!! シーヴァスゥゥゥゥ!! 死んじゃうよぉぉぉぉ!! 死んじゃう……いゃぁぁぁぁ!! えっくえっく……レイヴゥゥゥゥゥ!! ひいっくえっえっえっ……うわぁぁぁぁぁんあんあん……!!≫
「…………」
(……全く……いい加減にして欲しいね!!……)
地の底から響くような泣き声が、何日も何日も宮殿中にしつこく響くのだ。となると、セイランも創作どころではない。
この煩ささから早く逃れようと思うのなら、結局彼自身も迷宮に飛び込み、彼女のお目当ての魂を見つける手伝いをするハメになる。
そしてその確率は80%もあるから大したものである。
そんな手伝いを毎回毎回繰り返せば……単純なアンジェだ。セイランは直ぐにアンジェに懐かれてしまった。
そして、迷った勇者を発見した時の彼女は……!!
「良かった……!! レイヴ……!!」
しゃくりあげながら、後は声にならずに、アンジェは勇者をしっかりとその白くて優しい両腕で抱きしめる。
つかの間の安らぎでまどろんでいた勇者達にとって、この迷宮の中は揺り籠と同じだ。ねっとりとしたかぐろい闇をシーツがわりにし、たゆたゆ眠っていればいいだけの話だ。
所が、彼らを探して必死でかけまわっていたアンジェの方はというと……よろよろにくたびれた翼、疲労でこけた頬、泣きはらした赤い目で、やっと出会えた勇者の存在を噛み締めるように強く抱きしめ、その腕の中で身も世も無く泣きじゃくる。
そんな風に、直向に追いかけてもらえる存在が何処にいる?
そこまで身を案じてくれる存在がどこにある?
蕩けそうな顔をしてアンジェを抱きしめ返す勇者達が、段々と憎たらしくなった。
あの天使に……こんな風に直向に追いかけて貰いたい……この天使に縋りつかれれたい……愛されたい!!
(僕だけ見ろよ!!)
「!!」
何時の間にこんな鈍くさいアンジェに恋していたなどと!!
自覚した途端、自分自身が信じられなかった……彼女の方はというと、迷宮に進んで同行してくれるセイランは、口は悪いけれど頼れるいいお兄さんと認識していた。
となると……こんな単純で信じやすい子は……美味しくぱっくり食べることなど、実に簡単なことだったりするわけで……。
セイランはあれよあれよと言う間に、晴れて彼女の恋人のポジションを確保することができたのだ。
だが……。
(全く!! あいつめ!!)
先日、とうとうアンジェは勇者達とともに、インフォスのガープを倒した。
≪あのね、今から勇者さんたちにさよならを行って来るの≫
泣きそうで、切なさに顔を歪めるアンジェを見れば、彼女がどんなにインフォスを愛し、彼女と関わった勇者と離れがたく思っているかが判る。
そんな彼女なのだ。インフォスの勇者達とて、天使と別れるのを嫌がるだろうことは予測もできる。
≪報告が終わったら、真っ直ぐ僕のところへ戻ってくるんだよ。泣きたいだけ泣かせてあげるから≫
「セイラン〜!!」
エミリア宮に、羽音もあらあらしく、妖精ロザリアの甲高い声が飛び込んできた。
「セイラン・レミエル!! 大変ですわ!! アンジェが……アンジェが!!」
だが、愛しい恋人の名前を連呼されても、美貌の天使は筆も置かず、もくもくとキャンバスに色をのせつづけている。
妖精ロザリアに、一言も口を利かないどころか一瞥も投げかけない。
彼は今、怒っていた。
静かに……でも凍てついた心をそのまま顔に表し、冷たく暗〜く怒り狂っていたのだ。
(全く……アンジェめ!!この僕をこんなに待たせた挙句、親友を差し向けてくるなんて……人を馬鹿にするのもいい加減にして欲しいね!!)
筆を握り締める手が白くなる。
力を入れすぎて震える指を宥めながら、セイランは描きかけの愛しい天使の瞳に美しい緑をのせた。
(この子に魅入られてから僕は狂ってしまったらしい。人と係わり合いになるなんてまっぴらだったのに、ほら。君が姿を見せないだけで、胸が絞めつけられるように痛くなる……)
インフォスが堕天使ガープの脅威にさらされた時、下界に派遣された天使は、なんと卒業を間近に控えた学生のアンジェただ一人だった。
≪私達は貴方が一番の適任者だと判断しました≫
ディア・ガブリエルの静かな微笑みと口車を真に受け、必死で勇者と一緒にインフォスを救おうとしたアンジェは……セイランから言わせてもらえば、馬鹿そのものだったと言えよう。
彼女が選ばれた本当の理由は誰の目から見ても明らかだった。四大天使の一人でありながら、執務を放棄してしまった彼女の父……屍天使クラヴィス・ウリエルを、職場復帰させることを目論む詭弁にすぎなかった。
しかも大天使側はクラヴィスを引っ張り出すのに夢中なあまり、アンジェのひたむきさと生真面目な性格も、全く考慮にいれてなかった。
アンジェは、実力不足を持ち前の根性とめげない明るさでカバーし、寝食を忘れ、十年の月日全てをインフォスと勇者のためだけに捧げた。
ロザリアと被り物が大好きな奇抜な妖精……オリヴィエ・フロリンダのみを従え、六人の勇者にひたすら加護を与えて守り続けた。
大天使の目論みは外れ、アンジェは絶対にクラヴィスを頼らなかった。いくらアンジェが溺愛するただ一人の愛しい娘とは言え、クラヴィスも内気な性格である。娘の意に添わぬ助力を勝手に与えることもできず、彼もただ傍観するしかなかった。
だが、いくらやる気だけあっても何一つ実践経験のない新前天使にとって、この任務は最初から無理な仕事だった。
その彼女の力不足のつけは、結局六人の勇者と、エミリア宮の番人……セイランへととばっちりが来たのだ。
☆☆
ドダダダ!! と、独特の音で扉が叩きつけられるようにノックされると、次に了承も得ないまま、ばたんと荒々しくドアが開けられる。
顔を見なくてもわかる。父に似ず騒々しい、金髪の天使だ。
「すいません!! グリフィンとレイヴとシーヴァスとアーシェ来てませんか!!」
(一気に四人か!! この子はもう!!)
彼女は初め、何度も何度も勇者を死なせた。
魂の管理が、セイラン・レミエルの役目である。彼はイーゼルの前から軽く体を捻り、風を操り書棚から一冊のノートを取り出した。
リストを捲って名前を確認する。
「ああ、さっき入宮したようだね」
「いってきまぁす!!」
アンジェはセイランの同意を得るのを忘れ、即迷宮のゲートに飛び込んでいく。
いくら勇者とはいえ、死者をそう簡単に下界に戻すわけにはいかない。
エミリア宮から魂を連れ出す天使は、己の力不足とセイランの手を煩わせたペナルティとして、自身で迷宮をさまよっている魂を救わねばならない。
リミットは十日間……それを過ぎれば、管理人セイラン・レミエルの名にかけて、預かっていた魂を本物の天国へと送るのが決まり事だ。
だが、金髪の天使は……究極の方向音痴だから。
中で死んだ勇者の魂と出会えれば、出口まではその者がアンジェを連れて出てきてくれたから良いい。問題は、彼女がなかなか勇者を見つけられなかった時だった!!
≪う……うぇぇぇぇぇんえんえん!! グリフィン死んじゃ嫌ぁぁぁぁぁ!! アーシェェェェェェ!! どこぉぉぉぉぉ!! シーヴァスゥゥゥゥ!! 死んじゃうよぉぉぉぉ!! 死んじゃう……いゃぁぁぁぁ!! えっくえっく……レイヴゥゥゥゥゥ!! ひいっくえっえっえっ……うわぁぁぁぁぁんあんあん……!!≫
「…………」
(……全く……いい加減にして欲しいね!!……)
地の底から響くような泣き声が、何日も何日も宮殿中にしつこく響くのだ。となると、セイランも創作どころではない。
この煩ささから早く逃れようと思うのなら、結局彼自身も迷宮に飛び込み、彼女のお目当ての魂を見つける手伝いをするハメになる。
そしてその確率は80%もあるから大したものである。
そんな手伝いを毎回毎回繰り返せば……単純なアンジェだ。セイランは直ぐにアンジェに懐かれてしまった。
そして、迷った勇者を発見した時の彼女は……!!
「良かった……!! レイヴ……!!」
しゃくりあげながら、後は声にならずに、アンジェは勇者をしっかりとその白くて優しい両腕で抱きしめる。
つかの間の安らぎでまどろんでいた勇者達にとって、この迷宮の中は揺り籠と同じだ。ねっとりとしたかぐろい闇をシーツがわりにし、たゆたゆ眠っていればいいだけの話だ。
所が、彼らを探して必死でかけまわっていたアンジェの方はというと……よろよろにくたびれた翼、疲労でこけた頬、泣きはらした赤い目で、やっと出会えた勇者の存在を噛み締めるように強く抱きしめ、その腕の中で身も世も無く泣きじゃくる。
そんな風に、直向に追いかけてもらえる存在が何処にいる?
そこまで身を案じてくれる存在がどこにある?
蕩けそうな顔をしてアンジェを抱きしめ返す勇者達が、段々と憎たらしくなった。
あの天使に……こんな風に直向に追いかけて貰いたい……この天使に縋りつかれれたい……愛されたい!!
(僕だけ見ろよ!!)
「!!」
何時の間にこんな鈍くさいアンジェに恋していたなどと!!
自覚した途端、自分自身が信じられなかった……彼女の方はというと、迷宮に進んで同行してくれるセイランは、口は悪いけれど頼れるいいお兄さんと認識していた。
となると……こんな単純で信じやすい子は……美味しくぱっくり食べることなど、実に簡単なことだったりするわけで……。
セイランはあれよあれよと言う間に、晴れて彼女の恋人のポジションを確保することができたのだ。
だが……。
(全く!! あいつめ!!)
先日、とうとうアンジェは勇者達とともに、インフォスのガープを倒した。
≪あのね、今から勇者さんたちにさよならを行って来るの≫
泣きそうで、切なさに顔を歪めるアンジェを見れば、彼女がどんなにインフォスを愛し、彼女と関わった勇者と離れがたく思っているかが判る。
そんな彼女なのだ。インフォスの勇者達とて、天使と別れるのを嫌がるだろうことは予測もできる。
≪報告が終わったら、真っ直ぐ僕のところへ戻ってくるんだよ。泣きたいだけ泣かせてあげるから≫