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どしゃ降りの涙♪

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セイランがそう告げると、アンジェはこくこく頷き、ぱたぱた羽根を羽ばたかせて下界に飛んでいった。
セイランはその夜、手づから彼女の好物ばかりを取り揃えた夕食をこしらえ、彼女の疲れを癒せるように彼女の好きな花々を飾り付け、居心地の良い部屋を準備して待ったのだ。
だが……その夜、彼女は帰ってこなかった。
それどころか、その翌日も……その翌日も帰ってこなかった。
毎日ラキア宮に通ったが、戻った形跡もない。

(さてはインフォスの奴ら……!!)

これにはセイランもぶちきれた。
どうせ、別れを惜しむ勇者達に引き止められているに違いないが……口実に最後のモーションをかけられているかもしれない。
アーシェはともかく、リュドラル、フェリミ、シーヴァス、レイヴ、グリフィンの五人は、アンジェに激ラブ状態だった。
所詮奴らは人間だし、しっかりもののロザリアやオリヴィエが付いているから、お祭りどんちゃん騒ぎに巻き込まれ、酒で酔いつぶされたとしても、不埒な真似はどきないとは思うけれど……アンジェの騙されやすさは自分が彼女を美味しくいただいた時、身を持って経験している。
一度悪い妄想に取りつかれれば、後は坂道を転がり落ちるだけである。
よしんば何もなかったとしても、ならば自分が忘れ去られていたという怨みがある訳で、結局は腹立つし。

(全くお人よしにも程があるだろ? 自分が一体誰の恋人かを一度しっかりわからせなきゃならないみたいだね? この僕というものがありながら、君は僕をないがしろにしすぎる!!……全く……苛々するよ!!)

セイランにとって最悪にも、インフォスは平和を取り戻してしまった。
あの世界には今、ディア・ガブリエルの手によって、堕天使が介入できないように鉄壁の水シールドが貼られ、彼女の意に添わぬ者は何人たりとも通してくれない。
もしまだ戦乱時であれば、セイランはとうの昔にインフォスに、堕天使ガ―プの襲撃を装って、爆弾の一つや二つ投下し、彼を悩ます勇者達を皆殺しにしていただろう。
なのに、もう一切介入することができない。だから余計に腹が立つのだ!!


「セイラン!! 大人気なく拗ねて口を利かない場合じゃないですわ!!」
無視しつづけられたロザリアは、セイランの耳元で涙交じりに叫んだ。
「あの子ってば、このままじゃあオーバーワークで死んでしまうわよ!! 私、あの子づきの妖精を外されましたの!!」
「はぁ? またインフォスで何かあったのか?」
「いいえ、アンジェは今オリヴィエ一人を伴って、休みも貰えないままアルカヤという次の任地に派遣されてしまったの!!」
「アルカヤだって!!」

その地はルヴァ・ラファエル様の管轄地だ。アンジェはディア・ガブリエルの配下だから、配属になる筈がない。

「……何故?」
「ええ、もう無茶苦茶ですわ!! ルヴァ様がジュリアス・ミカエル様にアンジェの応援を要請し、それが受理されたのよ」
セイランは腕を組み思案を巡らせた。
「クラヴィス様を引っ張り出す為にだね」

(全く……同じ手を2度も使うなんて……!!)

「それから……今度の勇者候補達……七人いるんですが、あの子のこと、軽く扱って全く信じてくれなくて、一人も協力してくれないんですよ!!」

ガープとの戦いで、アンジェは天使の聖なる力を殆ど全部使い果たし、幼児にもどってしまっている。そんな彼女が天の御使いだと言ったところで、勇者候補達を口説き落とすことは難しいだろう。
だが………。

とんとんっと、組んでいた腕を指で叩く。
「僕のアンジェを蔑ろにするなんて……そいつら許されないね」
セイランは腰を上げた。

「ロザリア、まずこれをアンジェとオリヴィエに届けてやってくれないか? 特にアンジェには睡眠薬を一服盛って。彼女には休息が必要だろう」
セイランは大きな道具箱の蓋を開けると、ポーションやアニス等の回復薬を手当たり次第小袋に詰め込んで口を紐で縛り、それを袋ごと彼女に放る。

「セイランは来ませんの?」
「先にクラヴィス様を働かせてくる。全部僕に任せてくれ。全てアンジェのいいようにするから」
「何をなさるおつもりですの?」
「聞きたい?」

薄く笑ってロザリアを見ると、彼女の顔からすうっと血の気が消えた。
「……わ……わたくしは、何も伺いませんし、知らずに済むのなら、何も知らないままが宜しいですわ………勿論、アンジェにも何もいいません……」
満足のいく答えを得、セイランはゆっくり頷いた。

「君は頭の回転が速いね。そう……君はここへ薬を貰いに来ただけ……。僕は夜にでも見舞いに行くと伝えて、ここに戻ってきてくれ。勇者達に会いに行くには、道案内が必要だ」
「………ええ………アンジェのためなのですものね……」

ロザリアは怯えながらもにこりと微笑むと、静かに一礼した。そして自分の体以上にある袋を、両手で必死に下げて飛んでいった。
セイランは彼女の姿が見えなくなってから、ずるずる引きずるトーガを脱ぎ捨て、黒の胴着を身に付けると、戦闘用の銃を腰に帯び、マントを羽織った。

(本当に……アンジェを蔑ろにするなんて……許されない)

自然、口元に笑みが広がっていく。
インフォスの時とは違い、今は始めからセイランが彼女の恋人なのだ。
アルカヤの勇者候補達が彼女の魅力に気付く前に、先制で牽制することができる。

セイランは、もう既に主旨がずれていることを気付かずに、意気揚揚と聖アザリア宮に向かった。





★☆★☆★








聖アザリア宮の北、暗く人気のない宮殿外れに、クラヴィス・ウリエルはひっそりと暮らしている。

セイランは扉も潜らず部屋に窓から飛び込むと、薄暗い部屋と同化している上司の姿を探した。
クラヴィスは、執務時間だというのに長椅子にのんびりと横たわり、黒いトーガを毛布がわりにしてくーくーと安らかな惰眠を貪っている。

(アンジェは……貴様のせいで苦労しているというのに!!)

たちまちセイランの腸がかっと熱くなった。
「屍天使クラヴィス・ウリエル!! 起きろ!!」

胸ぐらを引っつかみ、頬にばしばしと張り手を飛ばす。それでも足りずにがくがく頭を揺さぶった後、椅子に叩きつけるように体を捨てる。何が起こっているかわからず、されるままになっていたクラヴィスは、クッションにふかぶかと背から沈み顔を上げる。そこに顔、腹構わずにげしげしと雨あられのような蹴りも加えた。

「セイラン!! 貴様!! 上司に向かって!!」
クラヴィスからも咄嗟にカウンターで蹴りが飛ぶ。

だが身軽な彼は、クラヴィスの長い足をひらりとかわし、何事もなかったように涼しい顔で薄く微笑み、長椅子の横で腕を組み見下ろした。

「おや、起きてたんですか?」

クラヴィスは忌々しげに乱れた髪をかき上げると、切れ長の細い目で彼を睨んできた。
「そこまでやれば、死者も目覚めるだろう……」

「そう? ぐうたらな貴方相手じゃ、このぐらいでも足りないかと思いましたよ」
セイランはもう自分の腰に手を伸ばしている。

「……今すぐその手に握っているものを下ろせ………私はもう起きた…………」
「今日はえらく素直ですね」
作品名:どしゃ降りの涙♪ 作家名:みかる