どしゃ降りの涙♪
「セイランは、僅かでしたが私の養い子だったんですよ。ゼフェルのとても好い幼馴染ですし、私はつまらぬ嫌疑で、あの優秀な才能を損ないたくないんですよ。それにあんまり彼を追い詰めればね、アンジェは絶対にセイランの傍をはなれないでしょうに。それとも貴方は二人まとめて天界から放逐しますか?」
「ジュリアス、あの子が私の姪であるとともに、お姉さまの後継者であることを忘れてませんか? 先代ジブリールの遺児までも堕天の疑いをかけるのならば、私はガブリエルの名の元に、貴方と真っ向から対立いたしますわ」
ディアが反旗を翻せば、ディアを熱愛しているルヴァもつく。
そして、娘だけには心を開いているクラヴィスも同様だ。3人もの現在の四大天使が離反すれば、ジュリアスの管理能力が疑われ、首座の地位すら危うくなるだろう。
何故なら今、ジュリアスが失墜したとしても、天使族の束ねとなれる程の力量を示す天使は既に存在するのだ。
レヴィアス・ルシフェルの愛し子、セイラン・レミエルが。
どれ程忌々しく思っても、セイランの悪評を流し、公然と彼を始末し憂いを断つまで、彼はしばし沈黙を守らざるをえなかった。
☆彡☆彡
「全く困った男だ。天使族の長に立つものが、いつまでも兄への私怨と疑心暗鬼に囚われるとは。お前も少しは身辺に気を配ることだな。あやつは自分自身が天界の法律だと勘違いしている、お前が目下一番の目障りだ」
クラヴィスの執務室で水晶球を覗いていたセイランは、冷ややかに執務机に頬杖をつく、長身の上司を見上げた。
「僕に助言なんて、一体どういう風の吹き回しなのさ?」
「お前がジュリアスに処分されれば、アンジェが泣く」
「へぇ、それって僕を暗に娘の恋人と認めたってこと?」
「………」
無言は肯定、そう勝手に解釈したセイランは、にっこり笑っていそいそと懐から一枚の書類を取り出した。
「じゃ、ついでにこれにもサインして。どうせ確定している未来なんだから、早い方がいい」
頭にでっかく【婚姻届】とある。クラヴィスの眉間の皺が急に深まった。
いくら天界でも、18を過ぎるまでは親の許可が必要だ。
「成人前の一人娘を、誰が嫁に出すか!!」
「じゃ、こっちでもいい。はい、さっさとサインして。僕だって暇じゃないんだからさ」
じゃきっと銃をつきつけ、書類にサインを促す。
【セイランとゼフェル、下記のもの二名、特別にアルカヤへ派遣する】の文字に、クラヴィスの彼を見据える紫水晶の瞳が更に険しくなった。
「僕の有給休暇、まだ40日残ってたよね。折角の休日だし。さぁ、アンジェと何処にデートに行こうかな♪」
「私用で地上に降りるな」
「とんでもない、一人戦地で苦戦している可愛い恋人に、色々と補給物資も届けてあげたいしね。だからあんたの許可がいるんだよ」
「図に乗るな!!」
切れたクラヴィスが、ゆらりと全身を紫のオーラを滲ませて立ち上がった。
それと同時に、彼の怒気に誘われて、罪を犯した罪人の魂が住まうジャハナから這い出てきた亡霊が、ひたひたとみるみる彼の執務室を埋め尽くす。
セイランは、とっととウリエルの印鑑を勝手に借りると、ぺたりと書類に一押しし、笑って執務室から逃げだした。
亡者が溢れたこの宮殿に、怒り狂ったジュリアスが飛び込んでくるのは時間の問題だろう。
ずっと喪に服していたクラヴィスの宮殿も、賑やかになって大変宜しい。
どんな涙もいつかは乾くということだろうか。
生きている限り。
前に進む限り。
逃げ出したその足でフロー宮殿に顔を出せば、主はやはり開発室に引篭もり、昨日集めたデーターを頼りに、バイクの更なる改造に勤しんでいる。
「ようセイラン、どうした?」
油にまみれて真っ黒な彼に、セイランはにこやかにぴらぴらと書類を振った。
「今日もアルカヤ行きの許可書をもぎ取ってきた。しかも騒ぎの後始末は、全部クラヴィス様持ち。君も行く?」
「当たり前じゃねーか。お前とつるむと面白れーし♪ おい、エルンスト!! 爆弾の試作品をバイクに積み込め〜!!」
「チャーリー、後、勇者達の武器を一揃えね。支払いは僕のAPポイントで♪」
昨日同様、急なお出かけ決定に、わらわらとフロー宮の職員が慌しく駆け回りだす。その間を縫って、セイランはゼフェルからぽんっと渡されたバイクの装甲を受け取ると、せっせと溶接を手伝いだした。
(またいたぶられる一部の勇者達にはご愁傷さまだけど、ね)
一日も早く、アルカヤを平和にしたいと望む、アンジェの気持ちが最優先。
どれだけどしゃ降りの涙が流れても、アンジェの幸せが、自分の喜びなのだから。
FIN