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だって憧れじゃないか!

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「帝人君のばか!」


目をあわせたその瞬間、飛んできた言葉に帝人は思わず目をぱちぱちと瞬かせた。
「えっ、と」
「ばか!ばかばかばかばかかーばっ!俺だっていつもいつも帝人君ラブで何でも許すわけじゃないんだからね!今回ばかりはあんまりだよ!」
「え?あの」
「ばかあああああ!」
うわああん、と泣きながらその場から走り去り、自室へ篭城する臨也の背中をぽかんと見送った後、帝人ははっと我に返った。
え、何。何があったの一体。
ばか、と言われても。そもそも臨也と帝人はまともに喧嘩らしい喧嘩をしたことが無い。何か、臨也を怒らせるようなことをしただろうかと頭をひねってみるものの、帝人には何も思い当たるようなことはなかった。あれだけ怒っていたのだから、何かとんでもないことをしてしまったのだろう、けれど。
「ちょ、ちょっと臨也さん?どうしたんですか、一体」
コンコン、とドアをノックしつつ、困ったなあと帝人が呼びかけるのに、臨也は部屋の中から叫び返した。
「俺は怒ってるの!」
続いてぼすっと、鈍い音。おそらく枕かクッションか、ドアに投げつけたのだろう。
「何で怒ってるんですか」
「自分で考えてよ!」
「分からないから聞いてるんです」
「帝人君にとってはその程度の認識だってことはわかったよ、もういい!」
「良くないでしょ、臨也さん。原因は何かって聞いてるんです」
「・・・っかっこよく言っても無駄だから!」
いやカッコよく言ってるつもりはないんですけれども。
ガチャガチャとドアノブをまわしてみるが、鍵がかかっているらしく、開く気配は無い。帝人はそんなに器用なタイプではないので、ヘアピンで鍵を開けるなんてことはできなさそうだ。
「臨也さん?」
繰り返して問いかけるものの、部屋の中に閉じこもりふてくされているらしい臨也から返事はなく、本当に参ったなあと帝人は息を吐く。こんなことは初めてだ、理解が追いつかない。
えーと、と腕組みをして、帝人はとりあえず考えてみた。さっきまで自分たちは平和的に食後のプリンを食してたはずだ。美味しかった。臨也がデパ地下グルメ!とかなんとか言って買ってきた、キャラメルプリンとハニーメープルプリン。
プリンってあれだよね、とろけるよね。もうなにあの食べ物見てるだけで癒される。しかも美味いし。一口食べるごとにじわりと広がる何かが確かにあるよね、これが天上の味だと言われても納得しちゃうよね。
そんなことをつらつらと思い返せば、答えは自ずと出てくるものである。
「臨也さん、もしかして」
帝人は、ゆっくりと慎重に、笑ってしまわないように注意しつつ、呼びかけた。


「食べたかったんですか?僕の食べてた方のプリン」


返事は、ない。
そして沈黙は肯定なり。
「食べたかったんですね・・・」
おk、把握。
若干呆れ気味に吐き出されたため息に、扉の向こうでドタバタと音がするのは、きっと指摘されて一気に気恥ずかしくなった臨也が暴れているからだろう。ああもう、それならそう言ってくれればよかったのになあ、と思いながら,帝人は苦笑した。
「なんで早くそれを言わないんですか、あなたは」
「・・・違うもん」
「分かりました、新しいの買ってきてあげますからちょっと待っててください」
「違うってば!ただ俺はあーんって・・・いやいまのなし!」
ドスン、とひときわ大きく音が響いたかと思えば、叫ばれた言葉はほぼ自爆に近かった。
帝人は耐えきれず吹き出しそうな口を必死で抑えて、笑っちゃ駄目だ笑ったら拗ねる、と自分に言い聞かせる。おそらくきっと、ベッドから盛大に落っこちたであろう臨也が、打ったおでこを抑えて転げまわる音がする。きっと耳まで真っ赤だろうと思うと、それだけで帝人は楽しくなってしまうのだけれども。
「あーんってしたかったんですか」
とりあえず追い打ちをかけてみるつもりで言った言葉に、扉の向こうから臨也が叫んだ。


「してほしかったの!!分かって、俺旦那さん志望なの!!」


そうです、これほど可愛い23歳児、頑なに旦那さんを希望しています。それについては帝人だって異存はない・・・はずなんだけれども。ただ帝人はこの23歳児より可愛くなる自信が、今のところ無い。頑張ってカッコ良くなってください旦那様。
「そっ、それは失礼しました」
明らかに笑っている声になってしまった帝人の返答に、もう一度盛大にドスンと物音が響いて、
「・・・っもういいよ!」
と、吐き捨てるような声が響く。
ああもう、拗ねてるなあ、僕の旦那さんはかわいいなあ、と帝人は頬が緩むのを止めららないのだった。心はさながら母なる海のようにこの人を包んであげよう的な母性本能(?)にみち溢れている。
「生クリームプリンのほうがいいですね、それなら。苺プリンってあったかな。まあいいや、買ってきますね」
にやつく頬を押えきれずに、笑いを含んでそう言えば、ドアの向こうからはやっぱり拗ねたような声がする。
「いいってば!いらない!」
「良くないですよ、あーんってしてほしかったんでしょう?」
確かめるように尋ねてみれば、一瞬ためらったような沈黙の後、
「もう夜遅いし危ないからいい」
と、早口でストップが掛かった。
遅いと行っても夜十時、都会はこのくらいの時間じゃ眠らない。それに、コンビニはすぐそこで、このあたりは別に物騒なところじゃないのは分かっている。
まあ、臨也が本気で帝人を心配していることも知っているけれど。
「ばかですねえ」
帝人は、やっぱり笑顔のまま、そんな心配されたら余計に可愛がりたくなるじゃないですか、と笑う。



「あなたの笑顔を見たくて僕が勝手にやることですよ。いいから構わず甘やかされていなさい」




次の瞬間、ばあんと扉は開かれた。
顔を真赤にした23歳児が、酸欠の魚のようにぱくぱくと唇を動かして。
「俺も行く・・・っ」
搾り出すように告げる声が、震えている。やっぱり真っ赤にそまっているその臨也の耳が、本当にかわいいなあと帝人はますます笑み崩れるしか無いのである。
「はい、じゃあ、手を繋いでいきましょうか」



作品名:だって憧れじゃないか! 作家名:夏野