二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

帝人受短文3作

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 

憧れの魔法使い



 大切で大好きな幼なじみが姿を消した。それが他の誰かと一緒に過ごす時間が増えた理由。でもその他の誰か、がいつも同じ顔なのは幼なじみの失踪とは関係ない、僕個人の事情だ。彼の不在を思い出したくない。自分の中の淋しさに向かい合いたくない。そんな僕の精神的な逃避先に、あの人はうってつけだった。あの人といると、いつだって他のことを考える余裕がなくなったからだ。あの人は様々な興味深いものを僕の目の前に差し出してみせた。僕はそれらのひとつひとつに対し、新しい玩具を与えられた幼子のように夢中になることができた。あの人は僕の好奇心を退屈にさせなかった。手品師が帽子から鳩を取り出しハンカチを花に変えてみせ、それを大変な修練の結果習得した技術であることを観客に決して悟らせず、『こんなことは簡単なことさ。だってこの自分は魔法使いなのだから』とばかり余裕に微笑んでみせる。そんなプロフェッショナルな自然さで、あの人は非日常を展開して見せてくれた。
 だから僕は少し勘違いをしていた。僕にとってはとても魅力的なそれらの非日常的な話や出来事も、あの人にとってはさしたることもない日常の一部に過ぎないのだろうと。それはいみじくもあの人自身がかつて僕に言ったことだったからだーーー『非日常もすぐに日常に変わる』と。けれどそれが僕の勘違いで、あの人が僕の気をそそるために意図的に手のうちにある中でも派手な煌めき方の宝石をちらつかせていたのだと知ったのは、あの人が誰になにをしたのかということを全て知ったのと同時だった。

 「やれやれ、ようやく飢えた雛の口にせっせと餌を運び続ける必要もなくなったかな」

 あの人に事の真偽を問うたとき、彼は一瞬夜の闇よりも暗い眼を見せ、それから笑った。笑って全てを肯定した。その最後にあの人がぽつりと呟いたのがこの台詞だ。僕は莫迦にされたと思ってかっとなった。あの人のことなどもう二度と信用するもんか。そう思ったし、口にだして宣言もした。それでもあの人はやっぱり笑っていた。いつものあの人の、楽しそうなわりにどこか冷えた笑みだった。


 今、僕の側には大切な人がたくさんいる。幼なじみは戻ってきた。未だ友人の域を出ないが、ほのかなときめきを覚える少女との関係も良好。なんのかんので慕ってくれる後輩もいる。失なったと思ったものがこの手に返ったとたん、それまでに起こったひどいことが全て過去に成った。幸福な現在の渦中で、ふとあの人のことを思い出す。生まれてはじめて激しい決別を叩き付けた相手。ひどい大人。そもそも関わってはいけないと言われていた男。
 僕の憧れた魔法使い。
 分かっている。あの人の裏切りが許せなかったのは、あの人にそれだけ惹かれていたからだ。

 最後に会った時のあの人の言葉、表情、その全てを思い出し続けている。その輪郭を忘れないよう、記憶の中で必死になぞっている。そんな行為に何の意味があるのか。あの時の彼に、なにを見いだしたいのか。わからない。わからないまま、あの人の声を思い出す。『飢えた雛の口にせっせと餌を運び続ける必要もなくなった』ーーーあの時、その声は少しの苦みと、安堵を含んではいなかっただろうか。
 あの人と別れてから、僕はずっとこう思っている。あの人は、もしや僕といるためにそれなりに虚勢を張っていたのではないだろうかと。僕があの人の自然体だと思っていた姿は、あの人が他人によく思われたいときのために作り上げ、謎と危険と夜の気配で覆った美しい虚構の影だったのではないだろうかと。なぜそんなことをあの人がする必要があったのかと問われたら、答えに少々詰まってしまうのだが、おそらくあの人が普通の友人関係というものに不得手だったからではないだろうか。一緒に時を過ごすのに、なにげなくただ側にいるとか、そんな普通の関係の築き方を、あの人は知らなかったのではないだろうか。僕の退屈を慰めてくれたものたちのことを思い返すたび、僕はその疑惑を深くする。お菓子をあげるから一緒に遊んでくれとなどと言う友達のいない子供のように、あの人はあの人なりの誠意で僕に非日常をくれていたのではないかと、思わずにいられないのだ。

 帝人君と一緒にいると楽しいよ、飽きないよ、などと言っていた時のあの人に、嘘があったとは思えない。多少願望が混ざっているのかもしれないが、気に入られていたと思う、本当に。そう考えるたび、僕の胸はきりりと痛む。あの人が一人でいる姿を思うと、もうそれは舞台に立つ魔法使いの完璧な姿ではなく、淋しいと言いたくないプライドの高い孤独な子供の背中だった。ちょうど、かつての僕のような。

 (明日だ)
 大都市の夜の片隅でひとり、僕は考える。
 (明日になったら、あの人に会いに行こう)

 結局、憎みもしたし怒りもしたが、僕はあの人を心の底から嫌うことが出来なかった。仮令あの人が僕の憧れの魔法使いじゃなかったとしても。それでももしあの人がそう望むなら、僕はあの人を魔法使いだと信じ続けている振りをすることだって出来ると、そう考えてさえいる。友人の複雑な面を友人だからという理由で許容することくらいは、一般人の僕にだって出来るのだ。




作品名:帝人受短文3作 作家名:蜜虫