bluer bluer
―――面白くねぇ。
「ナミすわぁーん、ロビンちゅわーん! 今夜のディナーはいかがですかぁ?」
「相変わらず腕が良いわね、サンジ君」
「本当、今夜の料理も美味しいわ」
「ああ、麗しのレディ達からそんなお言葉を頂けるなんて……幸せだー!!!!!」
「おう、この肉もうめーぞサンジ!」
「だああぁぁー、それは俺の肉だルフィ!」
「ちょっとルフィ! ウソップの分まで食べちゃ駄目だっていっつも言ってるでしょ!」
「そうだぞクソゴム! いつもいつもナミさんの手を煩わせやがって! 謝れ!」
「おう、悪ぃな、ナミ」
「俺に謝ってくれルフィ!」
「なぁ、サンジ、サンジ! 俺、このスープのおかわりが欲しいぞ!」
「お、いいぞ、チョッパー。ナミさんとロビンちゃんはどうですかぁ?」
「そうね……うん、少しだけおかわりしちゃおうかな」
「私もお願い、コックさん。この新作スープ、すごく気に入ったわ」
「ぃ喜んでー!!!」
賑やかすぎる程に賑やかな、麦わらの一味のいつも通りの食卓。だが、今夜の俺は騒ぎには加わらずに一人押し黙ったまま、ただ漫然と料理を口に運ぶだけだった。もちろん、視線だけは常に抜かりなくコックの方を窺いながら。そのアホコックは今、女性陣に料理を褒められてメロっと目をハートにしながら調理台へと弾むように戻っていくところだ。
―――やっぱり、面白くねぇ。
思わず椅子から立ち上がっていた。とりあえず周りの奴らには無くなった酒を取りに行くような風を装いつつ、俺はコンロで鍋を温め直しているコックの背中へと静かに近付いていく。
「―――おい」
「ん? 何だお前か。どうした、酒か?」
振り向いて事もなげに言う金髪頭に、何だとは何だ、と思いつつもここはぐっと堪える。そして、テーブルで食事を続ける他のクルー達に聞こえないように顔を近付け、小声で問いかけた。
「なぁ、コック……何でお前、アレ、止めねぇんだよ」
「アレ? アレって何だよ」
「だから! 何で女たちにへらへらすんのを止めねぇんだって言ってんだよ!」
「はぁ?」
首を傾げて心底訳が分からないという表情を浮かべるコックに、軽く絶望感を覚える。が、ここははっきりさせておくべきところだと思い、俺は辛抱強くコックに言葉を投げかける。
「おいクソコック。一応確認しておくが」
「何なんだよ、怖ぇ顔して」
「テメェ、昨日の夜、俺に惚れてるって言ったよな?」
「ばっ―――馬鹿!!! こんなとこで何言って……あいつらに聞こえるだろうが!」
自分の方がよっぽどの大声で言いながら、コックは慌てた様子でテーブルの方を窺う。だが、相変わらずの盛り上がりを見せているルフィ達はこちらの様子などまるで気にしていないようだ。それを確認して軽く安堵の息を吐いた後、コックはジトリとした目つきで俺を見て不機嫌そうに言った。
「口を慎めよ、クソマリモ。大体、まだあの話覚えてたのか。テメェのことだから一晩寝たら忘れたかと思った」
「忘れるわけねぇだろうが。いいから答えろ。テメェが好きだって俺が言ったら、テメェも俺が好きだって言ったろ? ありゃ嘘だったのか?」
「うるせぇなぁ……………違ぇよ。んな面白くもねぇ嘘、つくわけねぇだろ」
「じゃあ、何で未だにナミやロビンに対して目ん玉ハートにしてデレデレしてんだよ!」
そこで再び理解不能という表情を見せるコック。若干の空しさが襲ってきたが、俺はめげずに言い募る。
「あいつらだけじゃねぇ。今日の昼間に立ち寄った島でも、テメェ、女を見かける度にハート飛ばして擦り寄っていって、挙句の果てには茶に誘おうとまでしてただろ。俺の存在はどうなるんだよ!」
コックはそこまで言われて漸く得心がいったという顔になり、それから少し呆れた口調で続けた。
「あのなぁ……たとえ俺が藻に惚れちまおうと海王類に惚れちまおうと、レディ達が美しいことには何の変わりもねぇんだよ」
「何ぃ……?」
「ま、テメェみたいな魔獣には彼女たちの素晴らしさは分かんねぇだろうがな」
「お前な、ふざけたこと言うのもいい加減に……」
「むしろだな、よりによってこーんな筋肉馬鹿のクソ剣士にたぶらかされちまった哀れな今の俺にとっては、彼女達の存在は俺の目を楽しませてくれる唯一のオアシス、地上の天使、輝く宝石……ああ、レディ達こそ俺の生きる糧……」
さり気なく俺への暴言を吐きながらうっとりとした笑みを浮かべ始めたアホコックに、自分のこめかみが怒りで引きつるのを感じる。駄目だ、こいつは。前から分かってはいたが、こいつはどうしようもないアホだ。俺のことが好きだってんなら、女のことなんてもう関係ねぇはずだろうが。一体どういう脳味噌をしてるんだ。クソ、何とかしてこいつを俺だけのもんにする手はねぇのか……
言葉を返す気にもなれずに腹の底で沸々と怒りを沸き上がらせていると、不意に目の前のコックのにやけ顔が真顔に戻った。そして今度は、打って変ってひどく意地の悪そうなにやんとした笑みが俺に向けられる。
「……何だお前、妬いてんのか」
「だ、誰が妬くか!!!」
「お前だろ。いやいや悪ぃな、偉大な剣士サマの心がそんなに狭ぇとは知らなかったもんで」
「てめっ……」
怒りが最高潮に達し、拳が震え始めているのを感じる。ムカつくムカつくムカつく。何なんだこの性悪は。しかし妬いているのは紛れもない事実なのでどうにも分が悪い。けどムカつく。思わず右手が腰の辺りをさまよったが、幸か不幸か刀はテーブル近くの壁に立て掛けて来たままだった。畜生、こいついっぺん泣かせてやりたい。
そうこうしている内にコックはコンロの火を止めると両手で鍋を抱え、俺の横を擦り抜けて皆の所へとさっさと戻っていってしまった。
「ナミさんロビンちゃんお待たせしましたー! あとチョッパー、と、ウソップもいるな? ルフィは人の分まで食ったんだから今夜はもうおかわりは無しだぞ!」
一人放っていかれた俺は、徐々に怒りが脱力感に変わっていくのを感じながらその場に立ち尽くし、再び女達にメロメロし始めたコックを眺め遣る。……正直なところ、あれに関しては既に半分は諦めているのだ。女好きもあそこまで行くともはや持病というか、いっそ業のようなものではないかと思える。あいつが本気で惚れているのは俺一人だというのは確からしいし、別に構わないじゃないかという気持ちもある。だがやはり、面白くない。
それにしてもあの目は一体どういう造りになってるんだ……と呆れながら、俺はピンクのハートと化した奴の右目を見つめる。体のどこかに女に反応するスイッチでもあるのか。もはや一種の技だな。その内、目からビームでも出せそうだ。
そんなくだらないことを考えていると、そのピンクの瞳とふと目が合った。その途端にコックはハートを引っ込めると、先程のようなにやんとした笑みを再び俺に浮かべてみせた。その蒼い目の中に、はっきりとした優越感を滲ませて。だがそんな表情を見せたのはほんの一瞬のこと、あいつはすぐさま何事も無かったかのように女性陣への給仕と男性陣への世話焼きを再開していく。
―――畜生。全く以て面白くねぇ。
俺はその辺にあった酒を一瓶取っ掴むと、足音も荒く食事の席へと引き返していった。
「ナミすわぁーん、ロビンちゅわーん! 今夜のディナーはいかがですかぁ?」
「相変わらず腕が良いわね、サンジ君」
「本当、今夜の料理も美味しいわ」
「ああ、麗しのレディ達からそんなお言葉を頂けるなんて……幸せだー!!!!!」
「おう、この肉もうめーぞサンジ!」
「だああぁぁー、それは俺の肉だルフィ!」
「ちょっとルフィ! ウソップの分まで食べちゃ駄目だっていっつも言ってるでしょ!」
「そうだぞクソゴム! いつもいつもナミさんの手を煩わせやがって! 謝れ!」
「おう、悪ぃな、ナミ」
「俺に謝ってくれルフィ!」
「なぁ、サンジ、サンジ! 俺、このスープのおかわりが欲しいぞ!」
「お、いいぞ、チョッパー。ナミさんとロビンちゃんはどうですかぁ?」
「そうね……うん、少しだけおかわりしちゃおうかな」
「私もお願い、コックさん。この新作スープ、すごく気に入ったわ」
「ぃ喜んでー!!!」
賑やかすぎる程に賑やかな、麦わらの一味のいつも通りの食卓。だが、今夜の俺は騒ぎには加わらずに一人押し黙ったまま、ただ漫然と料理を口に運ぶだけだった。もちろん、視線だけは常に抜かりなくコックの方を窺いながら。そのアホコックは今、女性陣に料理を褒められてメロっと目をハートにしながら調理台へと弾むように戻っていくところだ。
―――やっぱり、面白くねぇ。
思わず椅子から立ち上がっていた。とりあえず周りの奴らには無くなった酒を取りに行くような風を装いつつ、俺はコンロで鍋を温め直しているコックの背中へと静かに近付いていく。
「―――おい」
「ん? 何だお前か。どうした、酒か?」
振り向いて事もなげに言う金髪頭に、何だとは何だ、と思いつつもここはぐっと堪える。そして、テーブルで食事を続ける他のクルー達に聞こえないように顔を近付け、小声で問いかけた。
「なぁ、コック……何でお前、アレ、止めねぇんだよ」
「アレ? アレって何だよ」
「だから! 何で女たちにへらへらすんのを止めねぇんだって言ってんだよ!」
「はぁ?」
首を傾げて心底訳が分からないという表情を浮かべるコックに、軽く絶望感を覚える。が、ここははっきりさせておくべきところだと思い、俺は辛抱強くコックに言葉を投げかける。
「おいクソコック。一応確認しておくが」
「何なんだよ、怖ぇ顔して」
「テメェ、昨日の夜、俺に惚れてるって言ったよな?」
「ばっ―――馬鹿!!! こんなとこで何言って……あいつらに聞こえるだろうが!」
自分の方がよっぽどの大声で言いながら、コックは慌てた様子でテーブルの方を窺う。だが、相変わらずの盛り上がりを見せているルフィ達はこちらの様子などまるで気にしていないようだ。それを確認して軽く安堵の息を吐いた後、コックはジトリとした目つきで俺を見て不機嫌そうに言った。
「口を慎めよ、クソマリモ。大体、まだあの話覚えてたのか。テメェのことだから一晩寝たら忘れたかと思った」
「忘れるわけねぇだろうが。いいから答えろ。テメェが好きだって俺が言ったら、テメェも俺が好きだって言ったろ? ありゃ嘘だったのか?」
「うるせぇなぁ……………違ぇよ。んな面白くもねぇ嘘、つくわけねぇだろ」
「じゃあ、何で未だにナミやロビンに対して目ん玉ハートにしてデレデレしてんだよ!」
そこで再び理解不能という表情を見せるコック。若干の空しさが襲ってきたが、俺はめげずに言い募る。
「あいつらだけじゃねぇ。今日の昼間に立ち寄った島でも、テメェ、女を見かける度にハート飛ばして擦り寄っていって、挙句の果てには茶に誘おうとまでしてただろ。俺の存在はどうなるんだよ!」
コックはそこまで言われて漸く得心がいったという顔になり、それから少し呆れた口調で続けた。
「あのなぁ……たとえ俺が藻に惚れちまおうと海王類に惚れちまおうと、レディ達が美しいことには何の変わりもねぇんだよ」
「何ぃ……?」
「ま、テメェみたいな魔獣には彼女たちの素晴らしさは分かんねぇだろうがな」
「お前な、ふざけたこと言うのもいい加減に……」
「むしろだな、よりによってこーんな筋肉馬鹿のクソ剣士にたぶらかされちまった哀れな今の俺にとっては、彼女達の存在は俺の目を楽しませてくれる唯一のオアシス、地上の天使、輝く宝石……ああ、レディ達こそ俺の生きる糧……」
さり気なく俺への暴言を吐きながらうっとりとした笑みを浮かべ始めたアホコックに、自分のこめかみが怒りで引きつるのを感じる。駄目だ、こいつは。前から分かってはいたが、こいつはどうしようもないアホだ。俺のことが好きだってんなら、女のことなんてもう関係ねぇはずだろうが。一体どういう脳味噌をしてるんだ。クソ、何とかしてこいつを俺だけのもんにする手はねぇのか……
言葉を返す気にもなれずに腹の底で沸々と怒りを沸き上がらせていると、不意に目の前のコックのにやけ顔が真顔に戻った。そして今度は、打って変ってひどく意地の悪そうなにやんとした笑みが俺に向けられる。
「……何だお前、妬いてんのか」
「だ、誰が妬くか!!!」
「お前だろ。いやいや悪ぃな、偉大な剣士サマの心がそんなに狭ぇとは知らなかったもんで」
「てめっ……」
怒りが最高潮に達し、拳が震え始めているのを感じる。ムカつくムカつくムカつく。何なんだこの性悪は。しかし妬いているのは紛れもない事実なのでどうにも分が悪い。けどムカつく。思わず右手が腰の辺りをさまよったが、幸か不幸か刀はテーブル近くの壁に立て掛けて来たままだった。畜生、こいついっぺん泣かせてやりたい。
そうこうしている内にコックはコンロの火を止めると両手で鍋を抱え、俺の横を擦り抜けて皆の所へとさっさと戻っていってしまった。
「ナミさんロビンちゃんお待たせしましたー! あとチョッパー、と、ウソップもいるな? ルフィは人の分まで食ったんだから今夜はもうおかわりは無しだぞ!」
一人放っていかれた俺は、徐々に怒りが脱力感に変わっていくのを感じながらその場に立ち尽くし、再び女達にメロメロし始めたコックを眺め遣る。……正直なところ、あれに関しては既に半分は諦めているのだ。女好きもあそこまで行くともはや持病というか、いっそ業のようなものではないかと思える。あいつが本気で惚れているのは俺一人だというのは確からしいし、別に構わないじゃないかという気持ちもある。だがやはり、面白くない。
それにしてもあの目は一体どういう造りになってるんだ……と呆れながら、俺はピンクのハートと化した奴の右目を見つめる。体のどこかに女に反応するスイッチでもあるのか。もはや一種の技だな。その内、目からビームでも出せそうだ。
そんなくだらないことを考えていると、そのピンクの瞳とふと目が合った。その途端にコックはハートを引っ込めると、先程のようなにやんとした笑みを再び俺に浮かべてみせた。その蒼い目の中に、はっきりとした優越感を滲ませて。だがそんな表情を見せたのはほんの一瞬のこと、あいつはすぐさま何事も無かったかのように女性陣への給仕と男性陣への世話焼きを再開していく。
―――畜生。全く以て面白くねぇ。
俺はその辺にあった酒を一瓶取っ掴むと、足音も荒く食事の席へと引き返していった。
作品名:bluer bluer 作家名:あずき