魂の契り
『なんだ、随分と物分かりが良いではないか。』
元々、負け戦のようなものだったと、三成は思う。
強大になり過ぎた徳川の力の前に、為す術などそうは残っていなかったのだ。
ただ真直ぐに、残された者達の為に、自分が出来る事を精一杯やろうと、決めた。
それ故、三成には然程の後悔も無い。
あとは兼継や幸村がやってくれるだろう。信じているからこそ、託す事が出来る。
混沌とした時代で得る事の叶った、想いの力。
一つ心残りがあるとすれば、不手際故に危機へと追い込んでしまった左近の安否。
無事逃げおおせていると良いと、遠くを見遣りながら思う。
「別に、未練など無いからな。逝くならそれも良い。」
守りたい物を守る事、想いを貫く事。
その何と難儀なことか。
噛み締めながら、自身の生の今までを振り返ってみる。
三成が生きているだけの価値が、あったのかを。
『くだらない事を考える。』
見遣った瞳は、その言葉に反して何所か優しさを湛えていた。
『死に際に生への価値を考えるなど、貴様はそんなに己を過大評価したいか?』
「どう言う意味だ。」
『文面通り捉えるが良い。貴様の価値など、貴様が決める事ではあるまい。
故人の価値は、後の者共が決める事。当人にとって意味があるのは、その時代に生きた、証であろう?』
フワリと、その手が三成の頬に伸び、感じる事など無いその手から、温かさを得た気がした。
『貴様は、この世に何を残してきた?真田や直江、他にも大勢の心の中に貴様が居る。それでは満足出来ぬか?』
「曹丕・・・・・・」
『案ずるな。人とは本来、逞しいものだ。貴様の意思を継ぎ、為してくれる者も現れよう。
それでも世とは常に無常なもの。意にそぐわぬ歴史を紡ぐかもしれぬ。だがそれも世の理だ。受け入れねばならぬ。』
諭す言葉は静かに三成の中に落ちて行き、乾いた心を優しく覆って行く。
『辛いだろうが、それが運命だ。私も、貴様も、大いなる流れの中に与するものの1つに過ぎぬのだからな。』
「そう、だが・・・・・・・・・」
『まだ、迷うか?』
信じていると、そう思ったばかりだが、それと心配とは別次元にあるのだと、三成の心は揺れる。
それすら見透かしている眼前の麗人、曹丕は、問うた。
『だが、貴様には時間が無い。』
「あぁ、分かっている。」
曖昧な事は決して言わない。
昔からこの男はそうであった。
変わる事など無いだろう。それが、曹子桓なのだから。
「済まなかった、大丈夫だ。」
『そうか。』
「お前に迎えに来て貰えるとは、思わなかったしな。」
『一度結んだ約束を、反故するのは主義に反する。』
憮然とした表情を浮かべて洩らす言葉に、三成は笑った。
全く以て曹丕らしかったからだ。
「・・・・・・どんな姿であれ、会いたかった。」
『・・・・・・・・・・あぁ。』
「連れて行って、くれるのだろう?」
『全く、仕様の無い奴だな。』
伸ばされた両手を確かに掴んで、三成は微笑んだ。
もう、見えない姿を探して嘆く事も無い。
聞こえぬ声に絶望する必要も無い。
暖かな体温を、失う事も無い。
安堵に身を委ね、三成は瞳を閉じた。
一時別れた半身達は、永い時を経て、再び、安らぎを得、眠りに就いた。