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貴方がたにはわかるまい

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小野妹子は今日も回廊という回廊を走り回っていた。荒い足音に何事かと振り返った役人たちが、妹子を認めた途端にああ、と納得した顔になって道を譲る。柔らかい茶色の髪を振り乱し、眼を吊り上げて駆けていく若者の姿に疑問を覚える者はもはやいなかった。
 なんてことだ。
 その苛立ちをぶつけるように、すうと息を吸った妹子は、大声で叫んだ。
「ふざけんな止まれそこのド腐れバカ太子――――! 止まらないとパイルドライバー食らわしますよ!!」
「おまえすでに腕構えてんじゃないかだれが脳天杭打ちのために止まるかってんだアホイモ――――!!」
 視界の先でにょろにょろ動きながら叫び返す高貴なる人は、阿呆面になぜか満面の笑みを浮かべている。
 まったく、我慢ならない事態だ。
 しかも気持ち悪い動きのくせに案外速いあたりがむかつく。妹子はぴくりとひきつったこめかみに青筋を浮かべながら、いっそう足に力を込めた。


 ご飯は黙って食べなさい。
 風呂にはきちんと入りなさい。
 いきなりぐねぐね動き出すのはやめろ。
 勝手に変な歌作んな。
  
 ってか、仕事しろ。


 妹子が太子をつかまえて説教をするのは、太子に容赦ない鉄拳制裁が加えられたあとなので、脱走が趣味の殿上人はわりあい大人しく聞いている。頭の上の冠までしょんぼりと垂れさせる姿は本気で反省しているように見えるのだが、見えるだけだということは誰よりも妹子がわかっていた。


 冠位十二階を定め、十七条の憲法を制定し、着々とこの日出る国をまとめ上げていく男は、ひとつ事をなし遂げるたびにまるで別人のように「駄目」になる。
 それはほかの官僚や、ほかならぬ蘇我馬子も承知のことだった。
 昔はそれを矯正しようとしたこともあったようだが、偉業と偉業の狭間に何百ものどうしようもない事態を引き起こすことは今となっては見て見ぬふりで認められている。
 ただし、だからといって日々望むがままに遊び呆けさせるわけにもいかない。
 そのため彼に幾人かの付き人をつけて、一定時間好きにやらせたら執務へ戻すことが必要とされていた。
 その仕事が、数カ月前からは、年若いひとりの青年に――つまりは妹子に専任されるようになってしまったのだ。
 まったく由々しき事態だ。
 夢と野心を抱いて日の本の中央に足を踏み入れた頃は、タチの悪いオッサンのために己の仕事もプライベートも一緒くたにして放り投げ、日々駆けずりまわることなど想像もしていなかった。同僚たちは苦笑いをして肩を叩きながら「挫けんなよ、小野!」と親指を立てたりする。対象の阿呆な奇行が幸いして、上にへつらってるだの阿っているだのという噂がのぼらないのは助かるが、だからといって帳消しにはできない。
 妹子だってそっちへ行きたい。
 隋から戻って数カ月、妹子の忍耐力は限界に達していた。
 妹子も役人なのだ。公式な辞令はないとはいえ、隋から戻ったふたりの様子、というよりは妹子相手にひどく機嫌のよい太子の様子を見た蘇我馬子が目だけで「キミこれからコイツの担当ね」という指令をくれた以上、それに従うしかなかった。
 だからといって、調子に乗らせすぎたのではないか。妹子は今日も疲れ果てて自分の屋敷にたどり着き、気にいっている衣服に太子の投げたカレーがこびりついているのを見ながら、据わった目で思う。
 自分の仕事が捗らないのなら、原因を何とかするのもまた仕事の一環。
 妹子はひそかに決意した。


 翌日も朝っぱらから太子に外へ連れ出され、晴天の下で食事をする太子を見守る羽目になった。
「なあ私ってもしかして空くらい飛べるんじゃない?」
 巨大なおにぎりを頬張りながらもごもごとそんなことを言い出した太子に、またか、と思った妹子は盛大にスル―した。前日には馬に白鳥を乗っけて「ペガサス!」とか言いながらきゃっきゃしていたオッサンは、それに乗って空を走ろうとか息まいていた。結局嫌気がさしたらしい白鳥がハッと鼻で笑うような勢いで飛んでいってしまったのだが、どうやらそれが悔しかったらしい。生身の可能性を検討し始めたわけだ。まったく馬鹿だ。
 しかし、スル―したのは間違いだった。沈黙をいいように解釈した太子が、表情を輝かせたからだ。
「おっ。妹子もそう思う!?だろ、なんてったってこの私!あんなみにくいあひるの子に頼ってたまるかい!!」
 などと言ったかと思うと―――目にも止まらぬ速さでぴゅーと走り始めたのだ。その先に在るものを見て、妹子はやばい、と呟いた。
 妙な時に妙な力を発揮する太子は、妹子が追いつく前に、どんとそびえる大樹に駆け寄るとするすると登っていってしまった。体力と運動力に自信のある妹子も唖然とする速度だ。というか、両手両足を使わずにナメクジが超スピードで這うような体勢だったのは気のせいか?
 改めて人外っぷりを示した偉人が、いまや下で見上げる妹子も思わずひやりとするような高さから葉をかき分けて顔を覗かせ、呑気に手を振った。
「じゃっ、行くでおま!!」
「行くなバカ!!阿呆なことやってないで降りてきてください太子!いくら太子だって羽もなけりゃ飛びようもないでしょう!」
 思わず本気で焦る妹子に対し、樹上の人物はへらへらと言う。
「見ときんしゃいって。あ、でもそこ動くなよ妹子!ほら、万歳みたいに手ェあげとけ!」
 と、ここで妹子は気付いた。
 飛ぶというのは方便だ。動くな、手を構えろ―――
 受け止めろ、ということだ。
作品名:貴方がたにはわかるまい 作家名:karo