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タイムラグ

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子供のころ、折原臨也には鏡の中に友達がいた。



正確には、ソレを友達と言うべきか分からない。とにかく彼が映るのは決まって臨也の部屋の姿見で、時刻は夜で、臨也が一人のときだけだった。そこになんの因果関係があったのか、今となっては知る由もなし。
だから臨也はそれを自分の妄想や幻覚だと誰かに言われたら、否定できる要素がない。けれども臨也はそれでも彼は実在した人間だと思っているし、彼がいなければ多分、臨也は今現在こんな男にはなってない。
初めて会ったのは、それこそ10歳の誕生日のことだった。
田舎の祖父が、誕生日のプレゼントにと姿見を買ってくれたのだ。正直にいうなら臨也は別に鏡を覗き込んで喜ぶ趣味も無いし、割と大きな鏡だったのでじゃまだなと思わないでもなかったが、無難に礼をいうくらいの猫はかぶれた。家族がささやかなパーティーで祝ってくれて、ご馳走とケーキを食べたあと、自室に戻った臨也は驚愕した。
鏡の向こうでは、中学生くらいの少年が、丁度パジャマに袖を通すところだったのだから、その時の驚愕は無理もないことだと思う。
黒髪を短く切りそろえた、細身の、人の良さそうな少年。
どうなっているんだと鏡に駆け寄った臨也がその表面に触れたとき、少年の方も鏡をちらりと見て、驚いたように目を丸くした。
普通ではない出来事だった。鏡を挟んでそちらとこちら、別のものが見えるだなんて。
けれども、少年は。
まるで楽しくて堪らない、とでもいうような、笑顔を見せて。
「・・・誰?」
声は、不審者に向けた警戒よりも、押えきれない好奇心があふれるようだった。
その声を、耳に心地よいと思ったのは、臨也の方だ。
鏡越し、臨也の手に合わせるように、触れようと伸ばされた少年の指先。何もかもが夢のなかの出来事のようで、けれども決して夢ではなかった。
「・・・あなたの方こそ、誰」
乾いた声が臨也の唇から零れ落ち、少年は、少しだけかがんで臨也に視線を合わせ、ゆっくりとつぶやいた。


「帝人って、いうんだけど。君は?」


その、吸い込まれそうな瞳の色を。
今も忘れることができない。



帝人は、齢10歳のまだまだ世間を知らないガキだった臨也に、様々なことを話して聞かせてくれた。
もとからインドア派だったらしく、夜中になればたいてい毎日会うことができたのは、帝人の趣味がパソコンだったからだ。臨也はまだ10歳で、パソコンには触ったことがなかったが、帝人はその機械を自在に操っているように見えた。
時には宿題に頭を悩ませながら、そして時にはチャットをしながら、帝人は面白いと思ったこと、興味をもったこと、やりたいと思ったことなどをつらつらと、臨也に聞かせてくれた。臨也にとっては、帝人が語る話はとても興味深くて心踊ることばかりで、夢中になって耳を傾けたものだ。
帝人は目を輝かせながら、非日常的なものが好きだと言った。
世の中の摩訶不思議なもの、常識では理解できない非常識、日常の中に潜む、普通ではないもの。それに関わって生きていたいと、そういうものを客観的に見ていたいと、そういうことをよく言った。
「例えば妖精とか妖怪とか、実際にいるなら見てみたいし、触れてみたい。話もしたいね」
「へんなの、そんなやつら、まともなわけないじゃん。帝人さん殺されちゃうよ」
「臨也君は、そういう人たちにあったことあるの?」
「ないけど」
「じゃあ、わからないじゃない?」
楽しげに微笑む帝人の笑顔が、臨也はとても好きだった。
「今、君と僕がこうして鏡越しに会話をしているみたいにさ、不思議なことなんてきっと、そこら中にたくさん落ちてるんだよ。僕はあんまり器用な方じゃないから、うっかりそういうのに出会うとすごく嬉しいんだ」
「帝人さんは、俺と話して嬉しい?」
「嬉しいよ、凄くドキドキする。この薄い鏡の向こうにいる臨也君が、本当はどこにいるのか、そういうのを想像することが楽しい」
帝人は中学三年生で、受験生だった。臨也との会話は、受験勉強の息抜きのような物だったのだと思う。
臨也は自分の住所を彼に告げるとかそういう野暮なことはしなかった。だって彼はそんなの全く求めていないのだから当然だ。彼はただ、鏡の向こうの不思議な住人が入ればそれで満足で、それが臨也でなくたって全く構わないのだ。
その事実が心に刺さるように傷んだときに、臨也は自覚した。
多分、それは恋だった。
幼い10歳の少年の、その、小さくて未発達な心の片隅に根付いた、それは。


確かに、恋と言うものだった。


臨也は帝人の話に耳を傾け、彼の好むものを覚え、彼が憧れるものをイメージし、彼に降り注ぐ数々の非日常について考えた。少年らしいひたむきさと、少年らしからぬ計算に基づき、彼にそれを与えるにはどうすればいいのかについて考えた。
彼を楽しませることができる人間になりたい、そのためには自分が非日常を作ってあげればいい。帝人が自分のことを素敵と思ってくれたらそれはすごいことだと。
そうするには何が必要か。どうすれば彼を楽しませる事ができるのか。自分は何を学べばいいのか、何を知れば、何を作ればいいのか。臨也は必死で考えた。どうしても彼の特別になりたかった。
それはまるで、母の愛を乞う幼子のようなひたむきさで、臨也は彼を求めた。可能だというのならその肌に触れたかった。その髪に触れたかった。その唇に、その瞳に、その手に、その心に。
触れたかった、触れたかった触れたかった触れたかった!
けれども臨也と帝人のそんな、不思議な逢瀬に終わりがやってくるのも、また必然のことで。


「臨也君、ごめん。僕、高校に進学するのに池袋に行くことになったんだ」


帝人が唐突にそれを告げたのは、春の押し迫った3月の中旬だった。引越しが迫っていて、備え付けの姿見を持ってはいけない、という。
つまりそれは別れの言葉だった。
臨也は酷く混乱した。帝人が受験生だと言うことは知っていたけれど、彼は一度も臨也に引越しをする可能性など示唆しなかったのに。なぜ今までそれを黙っていたのか、なぜ今になってそれを言うのか。臨也は混乱した頭で、それでも、これはチャンスだと理解した。
池袋なら、自分の家から遠くない。
「入学式、いつ?」
「4月1日だよ」
「会おうよ、帝人さん」
それは臨也少年にとって、多分それまでの人生で一番緊張した瞬間だったかも、しれない。
臨也は自分が、帝人にとって鏡の向こうの非日常でしか無いことを、十分に理解していた。彼の日常に踏み込むことは、とても難しいことだと分かっていた。だって臨也は実物にふれたら、もう彼の非日常には戻れない。彼にとっての特別である要素が一つ、減ってしまう。それでも構わないから、とにかく何がなんでも、彼に触れたいと思った。
鏡の向こう、瞬きをした帝人が、緩やかに微笑んで。
「家、近いのかな?そうだね、いいよ」
そう肯定を返すまでの時間が、途方もなく長く感じるほどに。
「ほんと!?」
「うん、臨也君が大丈夫なら。でも、僕、場所とか詳しくないんだけど」
「西口公園ってわかんない?駅からすぐだから、分かりやすいと思うんだけど」
「友達に聞いてみる。何時ごろかな?入学式は午前中で終わるけど」
作品名:タイムラグ 作家名:夏野