タイムラグ
帝人は、笑顔でじゃあ約束ね、と言った。
臨也も、うん約束、と笑った。
それはとても温かな笑顔だったので、臨也は少し油断していたのかも知れない。
約束は、絶対ではないということを。
忘れていたのかも知れなかった。
臨也は珍しく冷え込んだ4月1日の午後、西口公園で帝人を待った。目の前を人影が通るたびにその顔を見上げ、彼ではないと落胆し、約束の時間を過ぎても、寒さに体が震えても、それでも待った。
なぜ彼は現れないのだろう。もしかして事故や病気だろうか。何か事件に巻き込まれてはいないか、何もわからない自分がもどかしくて、彼の連絡先さえ聞かなかったことを悔やんで、その場から動けずにただひたすら。
やがて日が暮れて巡回中の警察官に保護されたときには、つま先から頭のてっぺんまで冷え切って、それでも人を待っているとだだをこねたりして。結局迎えに来た家族に引き取られ、引きずられるように帰宅する最中、とうとう臨也はそれまで一度も人前でこぼしたことのなかった涙をこぼしてしまった。親がどうしたのかと心配しても、何でも無いと突っぱねながら、どうしても涙は止まらなかった。
悔しかった。
約束は破られ、臨也はきっぱりと振られたのだ。
ただ、悔しかった。
臨也は、彼の望む非日常になれなかったのだ。
帝人は、臨也との出会いを好まなかったのだ。
シンプルで、それでも強固なその否定的な事実に、打ちのめされて淡い恋心など粉々に砕けてしまいそうだった。
思い知った現実に、臨也は絶望に沈んだ。ただただ無力が苦しくて、どうしようもなく心が痛かった。会う価値がないのだと帝人が判断したのだとしたら、どうすればよかったのか。あのとき会いたいなどと言わずに、進学するという高校を聞き出して黙って会いに行けばよかったのか。ちゃんと連絡ツールを確保するべきだったのか。考えても考えても、虚しいばかりで涙は止まらず。
閉じこもった部屋の片隅で、鏡はただ、当たり前のように臨也だけを写している。
この向こうに帝人が現れることは、今後一切ないのだと理解して、また涙がこぼれた。一生分くらい泣いて、泣いて、泣いて。
けれどもそれからやらなければならないことを、臨也は絶望の中でもしっかりと計算していた。
それからの臨也は、懸命に非日常を作り上げた。物事をまぜっかえし、喧嘩をあおり、全ての平凡なんか突き崩して厄災と絶望を周囲にまき散らした。そのためには情報が必要だということも覚えた。臨也は情報収集をはじめ、瞬く間に情報屋になりあがった。
それもこれも全部、帝人の求める非日常の為だ。こうして渦を巻き起こし続ければ、いつか彼がそのどれかにひかれて近づいてくるのではないか。絶望して泣いても、やっぱりそれを求めてしまう自分が滑稽で臨也は苦笑する。
何がなんでも、帝人にはもう一度会わなくてはならない。そうしてどうして俺を見限ったのかと、尋ねなくてはならないのだ。だから臨也はひたすらに、それこそとりつかれたかのように渦を巻き起こし続けた。
その渦を巻き起こすのが臨也と知らず、彼がまんまと罠にかかったらどうしようか。捕まえて閉じ込めて、幼い自分がそうだったように、絶望にたたき落として泣かせてやる。臨也にとって最早それは生きがいのようなものだった。自分を傷つけた、この折原臨也を振った恨みは高くつくと、帝人の心と体に刻みつけてやりたかった。惨めに捨てられてなお、それでも彼を求めてやまず、そんな自分が益々情けなかった。
何年も、何年も、臨也は4月1日を西口公園で過ごした。もしかして何かの拍子に彼が来るかもしれない、自分を覚えているかもしれない。そんな風に思って待ち続けた。
つまり臨也は、通算で12回も同じ人間に振られたわけだ。けれどもそんな長い間、臨也の心を占めるのは、衝動を突き動かすのは、やっぱり彼だけだった。
そうして池袋に、13回目の春が来た。