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タイムラグ

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押し殺した男の声が、念を押すように帝人にささやく。
押さえつけられていた体勢から、ぐいっと体を起こされ、口を塞いでいた男の手はそのまま帝人の目を塞いだ。ぐっと抱き寄せられて転びそうになって男の服に縋りつくと、そのまま男が歩き出す。もつれる足でついていけば、エレベーターに乗ったらしく、息苦しい沈黙の中に機械音が響いた。浮遊感。落ちてゆく、感覚。
すぐにそのエレベーターも下りて、どこかの部屋へ押し込まれたと思ったら、男は帝人の目を塞いでいた手を外し、同時に固く冷たいフローリングの床にそのままどさりと仰向けに投げ出され、したたか背中を打ち付けて思わず悲鳴が漏れた。
涙目で起き上がろうとした帝人の上に、男が覆いかぶさるように乗って帝人の両手を抑えつける。
目が、合った。
驚くほど綺麗な顔立ちの、青年と。
「・・・っ、あなた、は」
誰、と問おうとする帝人は、しかし、青年が小さく震えていることに気づいて思わず息を飲んだ。真っ黒な服に、白いファーのついたモッズコート。スラリとした体躯で、切れ長な瞳は角度によって赤味がかって、誰かを連想させる。
「・・・今日」
青年が、相変わらずどこか切羽詰ったように押し殺した声を吐き出し、帝人を真っ直ぐに見据えたまま、問う。
「どうしてあそこに、居たの?」
質問の意味が、よくわからない。
どうして公園にいてはいけないのだろうか。公園で人と待ち合わせをするのが、こんなふうに拉致してまで問いただすことか?
疑問は尽きず、けれどもそれをこの状況で言えるほどの勇気はない。帝人は掠れた声で、恐怖と闘いながら必死で答えた。
「人、を」
そう、帝人は今日、あの可愛くて純粋な少年と約束をしたのだ。
「人を・・・待っていました」
「誰を」
間髪入れずに聞き返されて、名前など言えるものか。
「・・・友達、です」
ぼかして答えた帝人に、不服そうに青年が眉を寄せる。
「誰、って聞いてるの」
ギリ、と強めに握られた手首が痛い。どうしてこんな刺すような視線で見られるのかわからない。唇を噛んで、帝人は息を吐く。名前を言えということなのだろうか。それを言ったら、臨也の迷惑にならないか。
「っ大事な友達なので、言えません・・・!」
こんな得体のしれない男に言うものか。
答えて目を逸らした帝人に、男はしばらく無言の沈黙を保ち、そうして、突然、糸が切れた人形のように帝人の上に倒れこんだ。
「っ!?」
乱暴に引っ張られたせいであちこち乱れた制服の、大きく開いた首元に男の息がかかる。手首を押さえつけていた大きな手のひらが、なぞるように帝人の手のひらから指先に触れ、そのまま手のひら同士を合わせるように握りしめて。
何が起きたのか、理解出来ない。
どうしたらいいのかわからない。
帝人が途方に暮れそうになったその瞬間、男は、小さくつぶやいた。


「臨也に会いに来たの?」


先程までの、切羽詰ったような張り詰めた声ではなく、その声は幾分落ち着いているようだった。臨也、と男が呼んだその名前は、全く知らない人間のことを呼ぶような響きでもなく、帝人は混乱する。
「なんで、臨也君の、こと・・・っ」
辛うじて搾り出した帝人のその声に、男はゆっくりと息を吐き出し、それから手のひらを握っていた手を離して、そのまま思い切り帝人の体を抱きしめた。苦しいほどに。



「っ振られたかと思ったじゃないか!」



たたきつけられた言葉の意味を、帝人がすぐさま理解できるはずもなかった。
混乱してなんと答えたらいいのかわからないままでいる帝人に、男は泣きそうな顔を上げて、ためらうように視線を落とし、次の瞬間、
「遅いよ、帝人さん」
と、掠れた声でささやく。
「・・・え?」
今の言い方には、覚えがある。
いやしかし、そんなはずはない。だって彼は10歳の少年で、まだ帝人の肩くらいの身長のはずだ。つい三日ほど前にもあっているのだから、急にこんな成長するはずがない。はずがない、けれど。
そもそも鏡の向こうに映る世界が、こちらとあちらで時間軸を共有している保障など、欠片もなかったのではないか?
「い、ざや・・・君?」
帝人は信じられない気持ちでその名前を呼ぶ。20は過ぎているだろうその青年と、10歳の少年の表情が、その瞬間綺麗に重なった。
「・・・っ待ちくたびれた!」
泣きそうに顔を歪めた臨也が、帝人の輪郭を震える手でなぞり、そして、まだ混乱の続く帝人の唇に触れる。
「待ちくたびれたよ、帝人さん」
責任とって。
言葉が終わるのは先だったか、それさえも理解出来ないまま。
不意に近づいてきた切れ長の瞳が閉じられ、自分の唇に温かな物が触れる感触に、帝人は思わず逃げようとして、何か言おうと口を開きかけ、そのまま。
「っん・・・!」
言いかけた静止の言葉ごと、食べられてしまった。
歯並びをなぞるこの温かい感触は、何。口の中に入り込んでくるものは、何。
「っふ、」
臨也君、と呼びかけたい言葉は全く声にならず、臨也が角度を変えて口付けるたびに響く水音に、急速に意識が現実逃避を試みる。力が入らない。こんな感覚、知らない。
必死に押し返そうとして臨也の肩に置いたはずの手が、いつの間にかその首に縋りつくので精一杯になってしまっている。
わからない、理解出来ない、どうして。
「・・・ちゃんと、来てくれたから、許してあげる」
ちゅ、と耳を塞ぎたくなるような音を立てて離れた唇に、荒い息をつく帝人をまっすぐに見つめて、臨也は言う。


「でも、逃がさない」


熱に浮かされたような浮遊感のなかで、帝人は再び重なる唇の温度に、今度は素直に目を閉じた。本当に臨也なのだろうか、どうして拉致なんかしたのだろうか、遅いということは、もしかしてずっと待っていたのだろうか。
疑問はたくさん浮かんでは消えて、けれども何を口にしたところで、今は冷静な答えなど引き出せそうもない。
ただ、ひとつだけ帝人に理解できることがあるとすれば、それは。


重なる唇も、絡めとる舌の温度も、決して、嫌いではないということ、それだけだった。

作品名:タイムラグ 作家名:夏野