二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

タイムラグ

INDEX|3ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 



竜ヶ峰帝人には、鏡の向こうに友達がいる。
いや、正確には10歳の少年なので、友達と言うには少し年が離れているのだけれども。彼が現れるのは決まって帝人の部屋の姿見の中で、時間は夜で、帝人が一人のときだった。
初めて彼を見たときは、そのあまりの非日常に心臓が高鳴った。鏡の向こうにいる他人だたんて、面白い。深く考えずに名前を尋ね、名前を教えて、それ以来なんとなくダラダラと会話を楽しむようになったのだが、その距離感がとても心地良かった。
臨也少年は好奇心が旺盛なのか、いつもキラキラした目で帝人の話を聞いた。非日常が好きだ、なんて軽々しく口にできる内容ではなかったから、帝人は理解者ができたことを単純に喜び、彼が無邪気に自分に懐いてくれることを楽しんだ。
受験生というストレスのたまる生活の中で、たぶん、息抜きとして丁度よかったというのもある。臨也はその年頃の少年にしてはとても頭がよく、理解力があったので、話をすることは全く苦ではなかった。
引越し先が決まったとき、浮かれて報告しようとして初めて思い当たった。帝人が引っ越したらもう、彼とは会えないのではないか。二人をつないでいた微弱な糸は、部屋にある鏡、それだけだったのだから当たり前なのだけれども。
どうしよう、と帝人は様々な可能性について考えた。備え付けのその鏡を引越し先に持っていく事はできない。では、きちんと別れを言うべきか、黙って消えるべきなのか。
黙って消えたなら、鏡が効力を失ったのだと思ってくれるのではないか、と期待したところも、実はある。臨也が鏡の向こうの住人である帝人のことを何かしら、特別な存在だと思っているというのは分かっていた。別れを告げたら彼は絶望してしまわないだろうか。少年の純粋な信頼の情を、傷つけはしないだろうか。
悩んだ末、それでも帝人はきちんと臨也に別れを告げることにした。何も言わないのはフェアではないし、なにより臨也は賢くてさといので、帝人の考えなどすぐに見通されてしまいそうだったのだ。
だから。
会いたいといわれて、とても迷った。
帝人は思う。自分は多分、彼が抱いているイメージとは対極にいる人間だ。こうして鏡越しと言う非日常の中だからキラキラと輝いて見えるかもしれないが、実際に顔を合わせたら、がっかりさせること請け合いの本当に平凡な男なのだ。
大体、今こうしてお互いに話をしているのだって、帝人が臨也の興味を引きそうな話題ばかりピックアップしているからに過ぎない。この小さな少年に失望されたくなくて、必死になっている帝人のことなど、臨也は何も知らない。
会ったら、ボロが出てしまう。
臨也はきっと、帝人をつまらない男だと思うだろう。
それとももしかして、帝人を知ってつまらない人間だと判断して、臨也の方から離れていくというのならそのほうがいいのかも知れない。何しろ彼はまだ10歳なのだから。
帝人は、だから頷くことにした。4月1日、西口公園で会おうと。



そうして、運命の日がやってきた。




池袋駅を出て、正臣から教えてもらったとおりに進む。
西口公園は、午後の温かい陽気に包まれていた。
4月1日だというのに、桜はすでに散り際だ。入学式までもっただけ幸運だと正臣が言うので、例年はもっと速くに散るのだろう。
来て、しまった。
帝人は人でざわめくその公園に恐る恐る足を踏み入れ、待ち合わせ予定の目立たないところにあるベンチへと近づく。昼過ぎの時間帯、みんな昼食でも食べているのか難なくベンチに座り、携帯を開いた。
「あ、そっか、連絡先聞いてないや」
今着いた、と連絡を入れようとして、そんなことに気づき,帝人は苦笑した。10歳の少年が携帯を持っていることも最近は珍しくないのだろうけれど、彼は少なくとも自分と会話しているときに携帯を取り出すことはなかった。だとしたら、少年がやってくるまでただ待っていることしかできない。
しまったなあ、と今になって少しだけ後悔する。
こんな小さなことにさえ気の利かない年上の自分では、ますます失望されてしまいそうだと帝人は息を吐いた。
時計は待ち合わせの五分前を指している。
大体、どうして自分は今こんなにも緊張しているのだろう。帝人はじっとりと汗が滲む手のひらを見つめて息を吐く。弟のようにかわいがっている少年に会うだけだ。もしかして嫌われてしまうかも知れないけれど、それはすでに覚悟したこと。
それならこの、不気味な胸の高鳴りは、一体なんなのだろう。単に鏡の向こうの非日常と遭遇するだけなのに。
苦笑しかけた帝人の背後に影が落ちたのはその時だった。
ベンチに座りに来た人がだれかいるのかと、気にもとめなかった帝人は、突然背後から伸びた両手に驚いて息を飲む。本来ならすぐに声をあげるべきだった、と気づいたのは、その手のひらが帝人の口を塞ぎ、背後から体を抱き締めるようにされてからだった。何が起こったのか理解出来ないでいる帝人を、影は軽々と引っ張り、暴れようとする帝人の体をくるりと器用に回して抱き上げると、そのまま一目散に走りだす。
え?何、これ!?
帝人は高校一年生だ。童顔に見えたとしても高校生なのだ。実家がそんな有名な金持ちということもないし、この年で誘拐されるなんて考えたくもない。
では一体、今の自分のこの状況はどういうことだ。
あっという間に、その誰かは帝人を車に押し込んで、運転手に何事か指示を出す。帝人はようやく自由になった口で、助けを呼ぼうと息を吸う。
「黙って!」
しかし、なにか叫ぶ前にそう押し留められて、後部座席にうつ伏せで押し込まれたままの帝人の口を男性のすらりとした手が再びふさいだ。
その声には聞き覚えがないし、大体これはどう考えても人さらいだ。黙れと言われて黙っていられるはずがない。
帝人は何か言おうともがもが口を動かしてみたが、男の力は強く、手が外れることもなければ後部座席に帝人を押し付けている力が緩まることもなかった。それでもなんとか暴れようとした帝人の耳に、男はイライラしたように叫んだ。
「黙っておとなしくしてろよ!」
その声の切羽詰った様子に、帝人はひっ、と息を飲んで抵抗を止める。
今の言葉、「死にたくなかったら」と暗に言われているようだった。冷たい汗が帝人の背中を伝う。さっきまでとは違う意味で酷く心臓が落ち着かない。ああ、でも、臨也が現れる前でよかったかも知れないなと、現実逃避のように帝人は思った。
だって高校生と小学生じゃ、どう考えても誘拐犯なら小学生を選ぶだろう。小さく震えながら、帝人は思う。自分がこんなに怖いんだから、あの純粋な少年だったらきっともっと怖かっただろうと。それを考えれば、早めに待ち合わせの場所について正解だったかも知れない。
しかし、どうしてこんなことになっているのだろう?
帝人の脳裏には、事前にネットで集めていた様々な噂が渦巻いた。人さらいが流行している、とか、そんな噂もあったような気がする。もしかしてそれだろうか?では、自分はこれからどうなってしまうのだろう。もしかして売り飛ばされるとか?何かの人体実験に使われるとか?
考えれば考えるほど怖くて震えていると、車はやがてどこかの駐車場に入ったようで静かに止まる。
「・・・声を出すなよ、いいね」
作品名:タイムラグ 作家名:夏野