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Nostalgia - first encounter -

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――声が聞こえる。

それはいつから聞こえてきていたのか、サイケは覚えていない。気付いた時には、その『声』が届いていた。とても優しくて、けれど心臓を掴まれた様に苦しくなる、その『音』が。しかし、それを己のマスターである静雄に言えば、彼は少し複雑そうな顔をしてサイケを見降ろしてくる。あぁ、言ってはいけない事なのか、と幼い知能でありながらも、人の感情に敏感になる様にと設定されているサイケはそれを感じ取る事が出来た。以降どんなに声が聞こえてもサイケはそれを静雄に言ってはいない。
(今日もだ………)
仕事で不在にしているマスターの寝室で教えられた唄を口にしながらサイケは思った。誰だろう?そう思うのだが、サイケはこの『部屋』と呼ばれる場所から出た事は無い。それはサイケにとっての世界はこの部屋の中で始まりそして終わっている事を示している。故に誰かと考えたところで思い浮かぶ姿は己のマスターか制作主である男だけだ。

――そんなサイケと静雄との出会いは、ある男から委ねられた事から始まっている。その男の名前は岸谷新羅、静雄の数少ない友人の一人だ。彼が何を思ってその『形』をした人型機械を生み出したのかは彼以外知る事はできないだろう。元々彼が手がけるそのシリーズは富裕層の中で一番人気という代物らしい。何年先でも構わないから、と予約をしていく者が後を絶たないと言われている程だ。そんな男が人型機械を望んでいなかった静雄にタダでそれを手渡した。「君に持っていてもらいたんだ」と、そう言って。手渡された当時の静雄は非常に複雑な表情をしてサイケを見つめていたのだが、いらねえと突き返す事はしなかった。この時のサイケは製作者に自分を突き返さない『静雄』の態度がすごく嬉しかったのを覚えている。それから静雄と二人気の生活で様々な事をサイケは覚えていった。その内にサイケは静雄の好きなもの嫌いなもの、どうすれば喜ぶのか、逆に怒られてしまうのか、次々と知っていった。ただの機械でしかないというのに人のように『嬉しい』という気持ちが生じ始める。サイケがその気持ちを言葉で表現すると、静雄は『それは嬉しいって気持ちだ。俺もおまえがそんな気持ちになってくれて嬉しい、ありがとな』と。
マスターに喜ばれている。この時の気持ちをどう表現すればいいのだろうか。元々基盤となるプログラム以外はインストールされていないサイケは無垢な子供そのもので稚拙な言葉でしか気持ちを表現する事ができない。もどかしいと思うようになったサイケは静雄に内緒でこっそりと『回線』を繋いで情報を蓄積する手段を取るようになっていた。
そして、いつからか『声』が聞こえるようになったのだ。

「だれ?」
口にする事で初めてサイケは頭の中で時折聞こえる『声』が気になった。ソファに寝転がっていた体を起こし、素足のままぺたぺたと音を立てて歩き窓へと近寄った。外を覗き込んでみたが、通りにはそれらしい人はおろか誰もいない。じっとどんなに目を凝らして見ても誰もいない。
「……」
ぷぅと頬を膨らまして誰もいない外から目を離し定位置となっているソファへと戻った。すると、また『声』が聞こえてくる。だが、今まで聞こえてきていたノイズの入ったものではなく、明瞭なものが。サイケは思わずヘッドフォンを抑えながら首を横に振った。いやだいやだと子供が嫌がるような姿だが、誰もそんな彼を咎めるような者はいない。
「やだやだ!だれ!おれのあたまのなかでうたうな!」
悲鳴めいた声が静寂に満ちた部屋の中に空しく響く。もしここに彼の主たる男がいれば泣き叫ぶ彼を助けてくれていたかもしれない。しかし、今は誰もいない。サイケは頭の中で響き続ける歌声を打ち消すように体を小さくさせた。だが、そんな事で頭の中で響くそれは消える事はなかった。もしかして、自分の中には何か重大な欠陥があるのだろうか。そう思わざるを得ない『声』にサイケは体を震わせた。たどたどしいながらも教えてくれた言葉や歌、それを聞いてくれた時に浮かべる主の不器用な微笑、いい子だと頭を撫でてくれる無骨な大きな掌、その全てが欠陥のせいでなくなってしまうかもしれない。なかなか覚える事の出来ないサイケに苛立ちを感じている筈だろうに、教えてくれた主との記録も何もかも、消えてしまう。それが何よりも恐ろしくて堪らなかった。
「こわい、こわいよ……っ!?」
どうすればこれが聞こえなくなるのだろう、そう思い始めた時に歌声がぷつりと音を立てて消えた。

――誰か。

「っ!」
ぞくりと背筋が粟立つ。聞いた事のある声にそれは非常に似ている。今まで歌声が途中で途切れて呼びかけるような事はなかった。初めての体験といってもいい。あまりに唐突な変化にサイケの体に生じていた震えが止まる。その代わりに、今まで怖がっていた筈のその聞こえてくる声に耳を澄ませた。もう一度呼びかけてこなか、と。

――誰か。

また、聞こえた。呼びかける声に僅かな躊躇いが伺えた。もしかして、サイケの存在に気付いていないのだろうか?最初はノイズが入っていたものの、今ではこんなにもはっきりとその声を認知し恐怖してしまうものがここにいるというのに。一方的に怖がっているという事実にサイケはぷぅと頬を膨らませた。理不尽、という言葉が彼の頭の中にインプットされているのかは怪しいが、とにかく一方的に聞こえ怖がっているのは自分だけという事実が気に入らない事は確かだった。
だからこそ、サイケはその口を開いた。
《だれ?》
それは初めて外部の誰かにかけた声だった。人間のように心臓がある訳でもないのに胸の辺りが妙な駆動音を上げた。返事は来るだろうか?それとも自分のように恐怖して全てを塞ごうとするだろうか、色んな想像が脳裏を流れていく。どんな反応を返してくるのだろう、そんな新たな思いに期待を膨らませていると、ザザザッと奇妙なノイズが頭の中に流れた。
「っ」
ノイズの後にキンと意識のある状態でコードを引っ張られたような感覚にサイケの口から小さな悲鳴が零れ落ちた。それがボーカロイドである彼らを作った制作主が彼らだけにつけた《回線》だと今までそれをした事のないサイケは当然のことながら気付かない。慣れない痛みに思わずソファに倒れこみ頭を押さえていると、その痛みが一瞬にして消える。まりに唐突に消えたからだろうサイケは状況を全く理解できずにパチパチと目を瞬かせて辺りを見渡した。しかし、見渡しても辺りに変化など何もなく、サイケは困惑したまま寝転がっていたソファから起き上がった。
――俺の声が聞こえるのか。
その声にサイケの意識が止まる。ノイズのないクリアな声が頭の中に直接響く。サイケはそれが脳内に響く声主だと気付き、バタバタと慌てた様子でソファからズレ落ちそうになる体を何とか戻して、ヘッドフォンに手を押し付け、目を軽く閉じながら脳内に響く声に応えた。
《ずっときこえてた》
怖かったと、その一言だけはどうしても言えなかった。理由は分からない。ただ、声しか聞こえない誰かにそれを伝えてはいけない、そんな思いに囚われていたのかもしれない。そんなサイケの思惑が功を奏したのか声だけの主の発するそれには怒りめいた感情は滲んでいない。それどころかどこか嬉しいのか声が若干弾んでいた。