Küss mich nicht!(Don't kiss me
大絶叫にぴたりと固まった家主夫婦と喧嘩人形がなんとか落着きを取り戻し、揃って神妙に正座したその前で、帝人は真っ赤な顔を両手で覆ってぐしぐしと啜り上げながら言った。
「し、静雄さんいくら言ってもおでこにキスするのやめてくんないし! まさ、正臣には『最近デコに磨きがかかってきたな!』とか言われるし! ひぐ、う、そ、園原さんにまで、い、『いいおでこですね』とか言われるしいいいっ」
うわあああん、と帝人は顔を覆ったまま号泣した。
「うぐ、ひっく、し、静雄さ、静雄さんのせいですぅっ!! し、静雄さんがいっつもおでこばっかり舐めたりちゅーしたりするからぁ! ぼ、僕のデコをどうしたいんですかこのデコフェチのむっつりスケベ!!」
静雄さんのばかああああ。
新羅とセルティが何とも言えない顔で真ん中に座る静雄を見た。
『静雄…おまえ…』
「静雄きみ、…えええ…」
その静雄はぽかんと口を開けて帝人を見上げている。
びゃあああと泣く帝人の愚痴は止まらない。
「なんなんですかああいっつもいっつもデコちゅーばっかりしてえええ! 出会い頭にデコちゅー去り際にデコちゅー突っ込んでてもデコちゅー、あんたがデコちゅーばっかりするから僕のデコはどんどん燦然と輝く稀代のデコになってんですよおおお!! あんた分かってんですか臨也さんに『君のおでこってそそるよねえ』とかワケ分かんないこと言われて六条さんには無言でにやにや撫でられて門田さんにまで『気にすんな』とか言われて全部コレ静雄さんのせいなんですからね!! ていうか禿げたらどうすんですかどうしてくれんですかこのヤロウ!! しず、静雄さんなんか大ッ嫌いだあああ!! デコとでも結婚してろびゃかああああ!!」
馬鹿も言えない。
大嫌い、の言葉に凹む暇もない静雄は情けない顔をして中腰でおろおろと手を彷徨わせている。
セルティと新羅は顔を見合わせて呆然としていた。
「わ、悪かった! 俺が悪かった、もうしないから、帝人!」
「し、信用できるもんですかあっ! あんた一体一日何回デコちゅーしてると思ってんだ!」
「え、…」
「数えたんですよ僕は! きっちり24時間で静雄さんが何回デコちゅーすんのか! 驚きの26回ですよ平日なのに!」
「え、ウソマジでか。俺そんなにしてたっけか」
「してんですよバカあああ!! そんだけしてたらそりゃデコも輝きますよ!! もう厭なんです、ヤなんです、もう二度とデコちゅーなんて御免です!!」
「そんな、いやだからこれからは控えるから! 出来る限りしないようにするから、だから帝人、キス全体禁止は勘弁してくれ!」
「やだ! 絶対やだ! 静雄さん絶対忘れてするもん! 僕には確信がありますよ、『あ、悪い』とか言って平然とデコちゅーするんだあんたは! だったらもうキス全部禁止にした方がなんぼかマシです! 接触禁止にしなかっただけありがたいと思えこのバカ!」
「お触り禁止?! おま、ランパブじゃねんだからそれはっ」
「ランパブ?! 行ったんですか行ったんですね静雄さんの浮気者! うわあああん静雄さんなんかランパブでもおっパブでもセクキャバでもどこでも行っちゃえばいいんだああランパブのおねーちゃんのデコでも触ってろ浮気者おおおお!!」
「おま、なんでそんな詳しいんだよ!! いやそうじゃなくて帝人、」
「もおおおやだやだやだ、キスは駄目、絶対禁止! キス禁止! お触りも禁止! 静雄さんなんかどっか行っちゃええええ」
「帝人いいから話を聞けええ!!」
───…家主夫婦は顔を見合わせた。
『これはつまり、』
「犬も食わないっていうアレ…」
『だよな…』
二人はぎゃんぎゃんやりあう傍迷惑なカップルを見やり、揃ってはあああと盛大な溜め息を吐き、そしてそっとその場を退場した。
寝室に入り、どちらともなく同じベッドに潜り込むと、頭まですっぽり布団を被って固く目を閉じる。
新羅が瞑目したまま疲れ切った声で言った。
「明日には静かになってることを祈って───」
「『おやすみなさい』」
───寝室の外ではまだ、痴話喧嘩が続いている。