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世界の終末で、蛇が見る夢。

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今までずっと、『鵺野先生』と呼ばれていた。フルネームは教えていたけれど、『先生』という呼び方しかされたことがなかった。
俺は、今までずっとそうだったので、特に違和感は持っていなかった。しかし、その滅多に呼ばれない名前を呼ばれたことで、心の中である種の決心がついた。
「俺も」
「…え?」
「俺も…俺も、初めて出会ってからずっと、あなたが好きでした。でも、ずっと迷っていた。……その、…死に別れた相手が忘れられなくて、彼女に申し訳なくて。あの子の生命(いのち)が尽きる間際に、俺は愛していると言った。その気持ちに偽りはなかった。いや、今もそう思ってる。でも…だからいま、…別の人に対して、別の人を、あなたを好きになっていいのかと迷って」
「……似てますね、私たち。本当に」
好きな人を突然失い、忘れられなくて苦しくて、でもそんな最中であっても新しく好きな人が出来て、けれど前の恋人を忘れる事が出来なくて、罪悪感を感じている。
それはそうだ。人の心は移ろいやすい。けれど手の裏を返すような変わり身の良さを、大部分の人は持ち合わせてなんかいない。いつまでも引きずり、思い出し、悔恨し…、無論、俺も、彼女も。
「……今すぐに、なんていいません。だから…鳴介さん」
互いに、この瞬間、限りなく同じことを思っていたのだろう。自然と歩み寄り、腕を伸ばし手指の先を触れ、手のひらを合わせ、指を絡め合った。彼女は黒い左手に一瞬ためらったものの、同じように右の指を絡ませた。
くちづけはしなかった。ただ二人体を寄せ合い、抱き合った。
愛おしいと思う感情が。幸せ、と思う感情が。抱きしめた体から体温と共に交換される。

「……!!」
唐突に、突き上げるような衝撃に襲われた。二人で支えあうのがやっとだ。がたがたと音を立てて揺れる部屋の中、食器棚やテーブル上の小物、壁掛けの時計、いろいろなものが落ちてきて破片が飛び交った。俺はとにかく彼女を深く抱き締めてかばうことに専念した。
建物が倒壊しなかったのが不思議なくらいひどい揺れ。1分くらいたったか、ようやく落ち着いた。まるで何者かが邪魔をしているのかと思った。俺と彼女が、通じ合うのを阻止するように。
「地震…?」
「とにかく、出ましょう」
リビングのクッションを適当に掴み、かばいながら部屋を出た。階段で降りる途中、数少ない住人たちと合流する。建物を出て、芝生の植え込みに避難してしまうまでには、あらかたの揺れは納まっていた。
とりあえず災禍が去って皆一様に安堵の表情を浮かべていたとき、パンと爆竹のような音が近くで聞えた。その方角を余音を頼りに探りつつ、後ろ足で退路を探していると誰かにぶつかった。「すみません」と言いながら振り向くと、そこにはマンションの住人達がいた。
「……あの?」
呼びかけにも反応がなく、マネキンにすり替わってしまったかのように彼らは硬直していた。そして、肩に触れてみた途端、止まった刻が動き出したように一斉にこちらへ向かってくる。
聞き込みに行った、厳つい顔に似合わず温和なマンションの管理人。それから「音がうるさい」と苦情を言ってきた階下の若者。彼女と同じ階の、いつも眠そうにしていた中年の男性…だれもかれもがうつろな顔で近づいて、そうして土のある場所で腹ばいになり、瞬く間に身体が伸びた。――――蛇?
ずるり。ぞろり。
太い胴体が地を這う、気持ちの悪い音。
いつからだ。まさか最初から、か? ここの住人たちは皆、異形のモノだったというのか、人間として暮らして犠牲者となる人を誘い、喰らってきた、のか?
胸から下は、すっかり蛇だ。コブラのように上体を持ち上げ、常識ではありえないほどに口が裂け、長く細い舌がちろちろと動く。神話に出て来るナーガのようかと言えばそれが一番近いだろう。建物の部屋の灯が一斉に消え、また灯る。でたらめに光がまたたく闇に、異形の蛇たちが一斉に鎌首をもたげた!
「いや…!」
「大丈夫、俺が」
怯える様子の彼女を背中に庇いつつ下がる。彼女の手が俺のシャツの裾を強く握り、
「………!」
その瞬間、脇腹が熱くなった。痛い程に熱い何か、硬い棒で叩かれたような…痛み。そこに手を遣ると、ぬるりと気持ちの悪い感触がてのひらに触れた。汗ではない、これは。微風が鉄臭い。べたつく感触。
痛い。刺された。誰に。だれ、に刺されて。刺した、相手は――。
「薔、子…さん…」
良くできた人形のように焦点の合わない目付きで、彼女は銀色の血染めのナイフを手にしていた。
まばらに芝の生えた土の上に、細身のナイフがぽとりと落ちた。血に濡れたそれはひとりでに身震いをはじめ、やがて銀色の小さな蛇になる。そして糸が切れたように彼女が崩折れた。蛇は鎌首をもたげ、頭部に付いた血の飛沫を舐め、放心状態といった風の彼女の側に行く。するすると芝生の上に突いた指先にたどり着き、手の甲にキバを立て、…消えた。
俺はしゃがんで傷口を押さえながら、その一部始終を見た。混乱の中、ある仮定が疑念が浮かぶ。まさか――まさか。
「…、鵺野先生…?」
正気に戻ったのか、彼女が俺の名を呼ぶ。しかしその直後、彼女は両腕で自分自身を抱きしめ、うずくまった。かすかに漏れ聞こえる苦しげなあえぎに、俺は自分の痛みも忘れて駆け寄る。
「………!」
彼女の露出した腕に、足首に、首筋に。皮膚の下を蛇が這っていた。トウビョウではない。それよりも小さく、しかし無数の蛇が蠢いている。蛇が、…へびが。
呆然とそこに膝をついて只ただ見ていた。内側の蛇が、皮膚を伸ばしてうごめく様を。
「薔…子、さん」
なんとか絞り出した呼び声をかき消すように唐突に、彼女と俺の間に水が噴き上げた。それは薄いカーテンのように彼女を囲い込み、じりじりと厚みを増していく。圧されるように後じさりながら観察する。勿論ただの水柱ではない、間違いなくこれは霊的なもの。霊気の流れが集まる先にいるのは……彼女だ。彼女が――まさか。悪い予感は徐々に大きくなっていく。まさか。いいや、違う。何かの間違いだ。
彼女はうずくまったまま、顔を伏せている。泣いているのか。それとも。
薔子さん。
口に出さず呼んだ声にゆっくりと顔を上げ、そして周囲の出来事に気づき、目を見張った。
「――なに、これ」
信じられない、といった面持ちで辺りを見回す。目の前にいる俺のことが分からない程に動揺している。ふらふらと立ち上がり、ふと足元へ視線を向けて、
「いやッ――! あっちにいって!」
泣きそうな声で、足首を這い上がってくる蛇を掌で払い落とす。しかし、払っても払っても張り付いたように離れがたく、文字通りに張り付いていたそれは、更に腕や手の甲、皮膚の下から形が浮き出て、そうしてゆらりと鎌首をもたげた。
「――なに、よ、これ。…わたしの、中…から?」
痛々しく語尾を細らせて、悲鳴のように呟く。
嘘よ、と唇がうごいた。
水の壁が細い水の柱になり彼女に戯れる。それは虹色にきらめく細い蛇。水は銀色の、透明の、あるいは闇色の蛇になる。次々と生まれた蛇は、その勢いと数を増しながら上へ上へと分裂をくり返した。波間から生まれる女神のように、無数の蛇に包まれて彼女が立っていて。それはとても綺麗な光景だった。