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君が笑うなら、それで

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「旅行に行こうよ、一週間くらいっ。」

「は?」

僕の退院日。
荷物をリュックに詰める僕に、臨也さんは突然そう言った。

「『仲直り旅行』と称してさ、何処が良い?のんびり温泉とか?あ、なんなら海外でも良いよー?」

な、仲直りって…僕たちのあれは喧嘩だったのだろうか?
正臣に話したら「痴話喧嘩」だと言って笑うだろうけど。

「いえ、今回僕、かなり学校休んじゃったので…。」
出席は足りてるはずだけど、これ以上無駄に休む余裕は無い。

「ええー。」
むぅっと臨也さんは唇を尖らせた。
「すいません。」
僕が申し訳なくなって謝ると、臨也さんは苦笑して「わかってる。言ってみただけ。」と言った。


臨也さんは僕を守るって言ってくれた。
今回の様なことは二度と起こさせないって。
でも、僕はこっそり守られるだけじゃ嫌だと思ってる。
臨也さんの隣に並べるようになりたい。
足手纏いじゃなくて、臨也さんを手伝えるように。

こんなこと、臨也さんに言えば間違いなく「危ないことは駄目」と止められるだろうから…今度セルティさんにでも相談しよう。


「あの、臨也さん。」
「んー?」
臨也さんはにこにこ笑いながら僕を見る。
前からそうだったけど、全身から僕への愛をほとばさせてるから、どうにも恥ずかしい。
その笑みが、視線が、妙に優しい。
「あの…。」
「何?」
「・・・。」
「帝人くん?」



「今日、臨也さんちに泊っても良いですか…?」




すぐに『もちろん良いよ!』と、言ってくれると思ったのに、返事は無く、僕は不安になって臨也さんを見ると、臨也さんは信じられない物を見たかのように目を見開いている。

「あ、あの…。」
思わず声をかけると、臨也さんはぶんぶんぶんと頭を振って、目を何度もパチクリとした。

「帝人くんっ!」
「あ、はい。」
「帝人くんの担当医だった人、わかる?」
「え?…あ、はい。」
「ちょっと連れてってくれる?俺、その人に聞かなきゃいけないことがあるんだ!」

僕の問いに返事もせずに突然なんだろうと、内心首を傾げたものの、勢いに押されて僕は臨也さんと一緒に僕の担当医だった女医さんのところへ行く。
妙齢のその女性はとても厳しそうな人で、僕だっておいそれと声をかけられないのに臨也さんはその女医さんに話しかけた。



「すみません、私竜ケ峰帝のツレの者なんですが、お一つお聞きして良いですか?」
「はい、なんですか?」


「彼は、激しい運動は駄目ですか?」


「え?それはもちろん、退院直後ですから安静にしていただかないと…。」
「…チッ。・・・そうですか、ありがとうございます。」

臨也さんは外行き用の笑顔を取って、僕に苦笑する。

「激しい運動は駄目だって。」



「っっっっ、臨也さんっっっ!!!」

し、信じられないっ。
なんだこの人!!

「…泊りたいと言った僕がバカでした。」
「え!?なんで?」
「今日はもう自分ちに帰ります。」
「ええ!?どうして?泊りに来るって、さっき…。」
「もう良いです。」
「帝人くん!?」
目に見えてうろたえる臨也さんが珍しくて僕は思わずふふ、っと笑った。

その瞬間、臨也さんの動きが止まる。


僕を見て、何故か泣きそうに顔を歪めた。



そして、






(帝人くんが笑ってくれた。)

まるで祈りを捧ぐような小さい声は掠れていて、僕の耳には届かなかったけれど。
作品名:君が笑うなら、それで 作家名:阿古屋珠