褒めないという愛情
「大丈夫か、臨也」
「…………ちょっと、しんどい」
「そうか」
ぐしゃりと、沈んだままの頭を撫でてやる。髪質は、その性格に反してやわらかかった。
「もっと丁寧に撫でてよね…」
「贅沢言うな」
ぐりぐりと力を込めれば、ちょっと、と臨也が苦情の声を上げた。
「やめてよ、ぐしゃぐしゃになる」
「すでに鳥頭だよ」
「えー、ひどい」
すこし笑いを含んで不満そうな声を出す臨也は、それでも俯いたままだ。
こうやって門田に慰めを求めるくせに、こうして近くに居て、触れることを簡単に許すくせに、臨也は絶対に顔を上げない。
…隣で泣くくせに、絶対にその涙を見せようとはしないのだ。
本当に、意地が悪くて、タチが悪い。
あまりにもハッキリ、その境界線が見えるかたちで引かれている。
それ以上は来るなという、明確な拒絶がそこに在った。
「…素直になればいいのにな」
器用に他人を操る術を持っているのに、不器用にしか振る舞えない臨也。彼の静雄への対応は極端すぎて、いっそ感心してしまいそうだ。
「何度言わす」
「何度でも言うさ」
「…しょうがないだろ。俺はこうなんだから」
「そうだな」
門田は頷く。
彼が素直だったら、苦労はしないのだ。臨也自身も、そして門田も。
抱えた想いを燻らすことも、手に負えず持て余すことも、捨て切れずに痛んでしまうことも、なかったのだから。
「シズちゃんなんか嫌いなのに」
「ああ」
「でも、どうしてもすきで、」
「ああ」
「俺は素直になんか、なれないよ」
「そうだな」
知っている。
臨也と同じくらいかそれ以上に、門田は知っている。
いっそひと思いにトドメをと、臨也になのか自分になのか、もう何度も幾度も願ったそれが、叶ったことはないから。
「喧嘩ばかりする」
「そうだな」
「すきだけど、嫌いで、いろいろけしかけて」
「そうだな」
「でも、いつも後から辛くなる」
「そうだな」
「シズちゃんはシズちゃんで、すぐにぶちギレるしさ」
「ああ」
「俺は口が武器なんだから、よく喋るのは通常運転なのに。うぜえとか、うるせえとか、いっつも同じことばっか言って、ボキャ少なすぎだろ、あの単細胞」
「ああ」
「最後まで俺の話、ちゃんと聞いてくれたことないし」
「そうだな」
「ムカつく。だから、嫌いなのに」
「ああ」
「…でも、すきで、」
「そうだな」
「だから、しんどくて」
「そうだな」
「京平をすきになればよかったのにね」
「…、そうだな」
───本当にそうであれば、どれだけいいか。
…残酷なその言葉に、門田がいつもどこか泣きそうに表情を歪めることを、俯き続ける臨也はずっとずっと前から、知らないでいる。
臨也には、本来ならば学生生活の中で大半を過ごすはずの教室以外に、少なくはない頻度で足を運ぶ場所がふたつあった。
ひとつは屋上。
たいていの出没個所だと、誰もが知っている。
もうひとつは、今はもう使われることのない空き教室。
そこは校舎の隅にあって、日常的に利用される他の教室からは遠い。滅多に生徒も、教師すら寄り付かない。
だから、ほとんど誰も知らない。
臨也と門田以外、知らない。
───…ふたりの人間が、とても報われない、不毛な恋をしていると。
END.