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クローゼット攻防戦

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クローゼットの前、フランシスが声にならない声を出し、ひざまづくようにしゃがみ込んだ。大事そうに傍らに置かれていた二つの大きな紙袋がぺしゃり、へこんだ音が彼には聞こえた。


クローゼット攻防戦


 先ず持って意気揚々とし過ぎたのがいけなかっのだとフランシスは心のなか激しく反省する。
 期待が少なければ受けるダメージだって少なくてすむ。紀元前の頃から心得ていたし、こんなに生きてもダメージは出来るだけ最小限に抑えたかった。しかしこれは非常に不意打ちだった。非常事態も良いところだ。予想なんて出来るはずもない。
 お互いに休みが合う久しぶりの休日だった。普段されないお誘いをスペインから受けて、うだる暑さのアンダルシアまで彼はホイホイやって来た。もう一世紀は出さない心持ちだったヴィンテージワインと、とにかく似合いそうなフランストップブランドの服々を大袈裟に袋に突っ込んで、それらを抱えてフランシスはここまでやって来たのだ。その姿は、完璧に浮足立っていた。ノエルに大勢の子供が居る父親みたいな風貌。もしくは、おねだりな我が儘彼女が居る様な形の模範例の様だった。
 なんて恥ずかしいのだ!
 上司が今ここに居たらその浮かれ具合に二時間説教の刑だったに違いない。恥辱だ、こんなの。口許が微かに歪む。フランシスは頭を抱えひとり眉をしかめるしか方法が見つからない。
 あぁ、しかしもう、どうしようもない。既にアレにだってこの嬉々揚々とした姿は見られてしまっている。弁解の余地もないのだ。
 先ず持って、出掛けにパリの住まいの隣のおばあちゃんに、今日はとても豪勢ね、と含み笑いで言われていた。そのとき気づくべきだったのだ。もっと落ち着け、と。年端もいかない子供じゃあるまいし‥と。そうすれば、このダメージも少しは減少していたであろう。
 その大荷物といえば残念なことに傍らでしょんぼりとしてみえる。心なしか袋がへこんだような気さえする。美しい光沢のある老舗メゾンの紙袋だというのに。
 悔しいやら悲しいやら淋しい 諸々の感情で、この部屋に入るまでの浮かれ気分は、フランシスの中ですっかり掻き消されていた。此処がまだマドリードの本宅だったら心持ちも違っただろう。彼は「あぁもうなんなの」と、うわごとのように繰り返しながら呪うように、終にはクローゼットの扉を全開にした。輝くように視界に飛び込んでくる、その中身たち。

 あぁもうなんなの、きもちわるい!

 アンダルシアの別宅は、スペインの中では、いわば別荘の様な形で、主に夏とオリーブの収穫時期に使用されている。一大観光地である太陽の海岸も、車ですぐのところにあり、白壁の村や一面のオリーブ畑も望めるやや郊外の位置にひっそりと建っている。
 国土も広めで土地により気候も大きく変わる彼の国には、同じ様な別宅が地方ごとに幾つか在った。それらは、本宅も含め古いもの揃いだったが、今でも手入れがきちんとされ、永く使われている。広く美しいクラシックな造りばかりで、このアンダルシアの家も例に漏れず、足を踏み入れれば古きよきエスパーニャの雰囲気がそこかしこから漂ってくる。
 
 何世紀前からそこに在るのか、最早本人も把握しきれていないであろう、その大きなクローゼット。その扉の美しく施された彫刻を、指でそっとなぞり、フランシスは子供のようにバタンと、それを中途半端に閉めた。蝶番の軋むキィ、という金属音がいつまでも耳に残る。
 家主は昼食を作ると言い残したまま畑に繰り出したのか、気配すらもいまは分からず、フランシスはひとり、駄々をこねるみたいに背後に在るダブルベッドへと身を落とした。例えば足を二、三度ばたつかせても誰も気づいてくれない。家の中はしん、と静まり燦燦と降り注ぐ太陽の光りの粒子がぶつかる音さえ聞こえそうな気がした。

(気づいてよ、拗ねてるの、構ってよ。)

  足元のクローゼットのなかは非常に美しく整頓されていた。フランスをもってしても、目を見張るほどであった。洗練されたメゾンの、バックヤードのような美しさ。
 はじめに目に付いたのはやわらかく通気性のよいカバーに包まれたシャツやジャケット達。いまもひっそりと出番を待っている様子だった。ご丁寧に、ひとつひとつハンガーに付けられたタグが嫌でも視界にちらつく。ドルガバ、フェラガモ、アルマーニに混じり、ローマきってのスーツメゾン、ブリオーニのスーツや、ルイジボレリのシャツも並んでいる。どっかの通りの縮図かよ、と、フランシスは自嘲をそこに重ねるしか行き場がない。
 あぁ、あの棚の上のピンストライプの丸い帽子箱、柔らかい包みにくるまれた鞄や揃えられラベルが貼られた靴箱の類。使うのか使ったのか分からないけれど(帽子なんか殆どかぶらない癖して‥!)しかしそれらはとても丁寧に分けられ、並べられ、そこに居た。
 一目で分かった、これらはロヴィーノがセレクトし、管理しているのだと。並ぶメゾンからはイタリア、ミラノの匂いが漂う。美しく整頓され、ボックスに入れられ。丸められたネクタイのセンスや、ジャケットの色味‥どれをとってもアレに似合いそうに思った。
 そういえば、と。会議の際の彼を思い出して、ちくしょうと苛立つ。今まで気付きもしなかったが、良く考えたら分かる事だ。万年Tシャツしか着ないような男が、皆が集まる公共の場ではTPOに合わせてスーツやらジャケットやらを美しく着こなしていたではないか。それも長いこと、現在に至るまで。背中から腰にかけてのラインは細身でギリギリまで絞られ、オーダーだと一目で分かる仕上がりだった。流行に合わせたジャケットの丈や小物類の色味、素材。身なりに気を使わない様な顔をして、何時だって。
 それらは、ロヴィーノが会議やパー ティーの際にかいがいしく世話を焼いては見立て、仕立て、着せているのだろうと思わせるに充分だった。集まりが何時、国内のどこで行われても良いように別宅にもこうして置いているのだ、きっと。
 あぁ、そういえばマドリードの家のワードローブなんて今まで一度も開けたことが無かった。あのアンティークのワードローブの中は、これよりも豪勢に違いない。
 「今更、自分のとこの新作を持ってきた所で、全然太刀打ち出来ないじゃない!もう!」
 フランシスは寝転び、ため息を盛大に吐いた。どう考えても各々のブランドが立ち上がった頃から在るコレクションに相違ないはずだ。 丈や形の微妙な違いで分かる。
 そもそも、あの、つんけんしては世間を斜めから見てる口の悪い男が、アレの為に服を用意しては世話を焼き、かいがいしく身の回りの支度を今でもしているのだと思うと、更に、無性に腹が立った。あんな、女の子にしかなびかないみたいな綺麗な面をして、独立しても変わらず彼を想っているなんて、あぁなんて苛立つのだろう。ほんの数百年前までは保護国に過ぎない存在だったのに。だから、敢えて、仕方ないと思っていたのに。
 
 わかっていたけれど。目にしてしまうと腑に落ちない。フランシスはそれだけを繰り返していた。
作品名:クローゼット攻防戦 作家名:トマリ