半端な覚悟で愛せはしない
ずっと昔、学校という場所へ通い始めたばかりの俺は年上の生徒数名に呼び出された。理由は今日と変わらず陳腐なもので、俺は集団になると途端に力を持った気になる弱者の群れに嫌気が差していた。公共の場では力を加減すること、決して人に暴力を振るわないこと。そんな母の言いつけを守りながら抵抗する方法を考えることが面倒で、俺は肩を突き飛ばされたりしながら、なされるがままに突っ立っていた。その時も悟天が同じように俺を助けた。後から聞いた話によると、俺と一緒に遊ぶためにわざわざ山から下りてきたのだと言う。俺への暴行を止めるように訴えるため、泣きながら地団太を踏んで地面を割るという悟天の行動で、それからの俺への迫害は無くなった。
あの日、俺に危害を加える生徒がいなくなっても泣き続けた悟天を見て、俺は確かに思ったのだ。こいつを守らなくてはいけない。自分のせいで悟天はいつか取り返しのつかない事をしてしまうかもしれない。そうならないように、俺が気をつけて、誰より気をつけて、大切な親友を守ってやらなくてはならない。泣きはらした目の悟天を連れて家まで戻る帰り道でも、強く強く思ったというのに、時間の流れと共にすっかり忘れていた。
「ごめんな。」
自然と謝罪の言葉が零れる。悟天はまだ怒っているのか、何も返さない。
「もう絶対こんなことないように気をつけるから。」
「…。」
「お前のためだもんな。」
黙ったまま責めるような目で俺を見上げていた悟天は、その言葉を聞いて目を見開き、「えっ。」と言った。その表情がおかしくて噴出してしまう。笑いながら、帰ろうぜ、と腕を引けば、悟天は抵抗するように足を止める。
「違うよ、トランクスくんのためだよ。全然分かってないじゃん。」
「良いんだよ。全部分かってるから。」
俺が空へ上がれば悟天も渋々ついてくる。そういうところまで変わらず子供の頃のままで、俺はそんな悟天を可愛いと思う。
「僕はわかんない。」
「じゃあ教えてやるから今日うちに泊まりに来いよ。」
ええー、と今度はなにやら不満げに唇を尖らせるのは子供の頃と違うところだ。それは勿論、俺と悟天の付き合い方が年を重ねるごとに変わっていったせいなのだけれど。 この前は帰れって言ったくせに。と言っているけれど、それを俺はあえて聞こえないそぶりで通す。疎ましかった相手が急に愛しくなってしまったのだから仕方が無い。代わりに、今日は反省会をするんだよ、と返す。どうしようかなぁ、明日は休みだけど動けなくなるのはいやだしなぁ、などと小声で呟く悟天の頬は陽に照らされたオレンジだ。夕暮れた帰り道であの日と変わらぬその色を見ることが出来たことで、俺はこんなにも簡単に幸福な気分になる。いつまでも変わらない自虐的で怠惰な気持ちが俺の中にあるとすれば、それを溶かすほどに無垢な狂気が悟天の中にはあった。その白い狂気が行き届くのは俺までで良い。俺だけで良い。なぜならそれこそが、俺が悟天を守るための理由なのだから。
これは後日の後付なのだけれど、まもるという言葉を辞書で引いたとき、俺はきっとこんな答えが欲しかったのだろうと、今となっては思うのだ。
作品名:半端な覚悟で愛せはしない 作家名:サキ