半端な覚悟で愛せはしない
それから数日が過ぎた。俺は悟天を守ることへの疑問を明らかにする前に、厄介ごとに巻き込まれた。学校が終わり、早めに家へ帰ろうと校門を出ると数名の男に取り囲まれた。男たちは大柄で見た目だけは無意味に強そうだった。残念ながら実力はお粗末だということが一瞬で分かってしまったけれど。ちょっと面貸せ、とお決まりの台詞を言われて近くの街の路地裏へ連行される。面倒だなと思いながらも俺は黙って着いてゆく。なんだかんだあって、喧嘩という名の暴行を受けることになるのだろう。それはもはや分かりきっていた。相手は俺をけしかけたつもりなのだろうけれど、言葉でいくら罵られようと別に何とも思わない。自分は強いということをアピールするために、今まで犯した悪行をつらつらと述べるけれど、ひとかけらの興味もない。明らかに目の前のやつらは自分より格下で、俺に危害を加えるために主張することも無茶苦茶で道理が通っていない。
それでも俺は黙って殴られてやる。それが謝罪や畏縮の意だと思われれば見当違いも甚だしいけれど、俺の態度を見ればそうではないことくらい分かるだろう。俺は相手を舐めきっているし、あからさまに見下している。謝るくらいなら容赦せず叩くし、常に睨みを利かせている。だけど抵抗はしない。それは何故か。受験前という今の時期に面倒を起こせば厄介だということを分かっているから。そして事後処理だなんだとかかる時間を考えると、子供の遊びに付き合ってやる方がまだ手短であると思ってしまう。ここ最近、俺がいくら挑発(という名の襲撃)を受けても、今ならば無抵抗の殴り放題ということを知った似たようなやつらは、よく現れた。切り傷一つつけられないというのに、俺を殴ることがそんなに楽しいのだろうか。いっそ訊ねてみたくなるくらいだった。
今日もまた、俺の存在や地位や態度に関する不満等をだらだらと聞かされる。その間、俺は退屈で空を仰いだ。そろそろ悟天も補習が終わって校舎から出てくる頃かな、なんて思っていると、早速一発目の拳が入る。立ち続けているのも面倒なので丁度良いと思い、座り込む。それをどう受け取ったのか、目の前の男たちはげらげらと笑っている。何も知らずに間抜けな顔で笑うそいつらを見て、思わず口から言葉が零れ出てしまう。
「お前たちは良いな、幸せそうで。分けて欲しいくらいだ。」
俺の発言は面倒な時間を長引かせてしまう。自分の中ではタブーとしていたのに、うっかりしていた。案の定逆上した相手は、怒りに任せて一斉に俺を殴ろうとしてきた。ああ、面倒だ。かったるい。目を閉じて、頭の中で今日の授業の復習でもしようかと考えた瞬間、ぎゃあという情けない声が聞こえた。閉じていた目を開けると、何故か一番初めに俺を殴った男が遠くへ吹っ飛んでいるという滑稽な状況だった。どうしたことかと周りを見ると、俺を取り囲んでいたやつらは驚愕の目で同じ方向を見ている。その視線を追って俺もそちらを向く。視線の先を見て、俺まで驚いた。そこには悟天がいた。両の拳を強く握り締めて、普段は穏やかすぎるくらいの気が怒りで乱れているのが分かった。だけど表情はどこか悲しげで、その目が俺を刺す。
「トランクスくんから離れて。これ以上何かしたら、お前たちも同じ目に遭わせる。」
なんとも男前だな、と俺は思った。そして俺がそんな間の抜けたことを考えている間に、男たちはいと速やかに撤収していく。実は、悟天もかなり強いということで裏では有名である、という話を聞いていた。普段は黒髪で怒ると髪が逆立つ男がいるという噂が流れたらしい。確かにその通りなのだが、毛が逆立つという表現がまるで猫みたいだと思ったことを覚えている。すっかり静まり返って、路地には俺と、まだ落ち着かない様子の悟天が取り残された。悟天の周りは、気によって浮かされた埃が舞い上がって、ビルの谷間に差す光によってきらきらと光っていた。俺はゆっくり立ち上がって服の埃を払い、そのまま悟天の前まで歩いてゆく。少しずつ治まってゆく波のような悟天の気の乱れを感じながら、悟天を抱きしめた。
「トランクスくんのバカ。」
「俺なら大丈夫だよ。」
「大バカ。」
大バカ、という一言は震えていて、今までどんな汚い言葉で言われた悪態よりも俺に応えた。腕の中で震えているのは、守られた俺ではなく守った悟天で、そのアンバランスさに不謹慎ながら思わず口元が緩む。ちらりと後ろを見れば、先ほど男が吹き飛ばされた跡地らしい壁に窪みが出来ている。明らかに損害賠償物である。
「加減を覚えることも修行だろ。」
「うるさい。」
頭を撫でようとした手を払いのけられる。先ほどまで人を睨んでいた目は泣きそうに光っている。その目を見て唐突に思い出した。俺が悟天を守ると決めた、その日のことを。
作品名:半端な覚悟で愛せはしない 作家名:サキ