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それは何も無いところからはじまった

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 一方は刀を握り、一方はなにも手にしていない。それ以外は、着ているものも全て違わなかった。
 唖然としているアーサーを置いて、二人の本田は会話を続ける。
「いえ、この姿気に入っているので。もう何十年かはこのままでいようかと」
「戯言を言わないでください。その姿で悪事をされては私が困るのです」
「大丈夫ですよ、こんな田舎で貴方が民間人相手に悪事を働いているなんて思う人間はいないでしょうから」
「予想されても困ります。万が一もあるでしょう」
「あったとしても、ちょっと汚点がつくだけじゃないですか」
「それが問題だといっているんですよ」
「どうして」
「体裁的に、です」
「まあ、御国様ですものねえ」
「分かっていらっしゃるのなら、話ははやいはずです。元の狐に戻りなさい」
「善処します」
「私の十八番を……」
「さてところで、御国様は兎に角。なぜアーサーさんがまたこちらにいらしているのでしょう」
「あ、……え?」
「私の記憶違いでなければ二度と会うことはないでしょう、といったと思いましたが」
「いや、そうだったけど、でも」
 ずっとふたりのやりとりが交わされている中、ひとり蚊帳の外にいたアーサーは突然話しを振られて慌てた。いきなり標的を変更されても思考が追いつくわけ無いだろう、ばかあ!と胸中で絶叫をしつつ、アーサーはぼそぼそと口を開いた。
「お前に謝り、たくて」
「……」
「あと、お礼を。助けてくれて…あ、ありがとう。それと、住処に勝手に踏み込んですまなかった……」
「……貴方は変わった人間ですね」
普通、妖怪相手にそんな殊勝な態度を見せる人間なんていませんよ。ぽつんと、本田はいった。アーサーは苦笑した。
「俺、母国にいた時もともだちらしいともだちが、妖精とかそういうやつらしかいなくてさ」
「寂しい方ですね」
「そうでもないさ。妖精たちが相手をしてくれた」
「同族の友人がいなくて、それで満足だったのですか」
「……それ、は」
「変に心を偽っても無駄というものですよ、アーサーさん。虚栄は自分を虚しくさせるだけです」
「なんでも知ってるようにいうんだな」
「これでも長く生きていますから」
「長くってどのくらいだよ」
「長くはながくです」
 いつかのやり取りを彷彿とさせる流れに、アーサーはほろりとした苦笑を微笑に変えた。
 妖怪というものは心情を読み取ることに長けているのだろうか。痛いところを突かれてばかりだ。だが悪い気はしない。それは妖狐が思っていることを口にしているだけであると感じられるからだ。
 そんなアーサーを見た妖狐は、きゅっと眉を吊り上げるとくるりとその場で回転した。途端、人間の姿から本来の姿であろう、狐の姿に戻った。いきなりどうしたのだとアーサーが目を丸くすると、狐ははたりと尻尾を振った。
「今日は御国様が直々にいらしたことですし、私もしばらく化けるのを控えることにします。……アーサーさん」
「お、おう」
「この山は秋の紅葉がとても綺麗なのです」
「……」
「いつか観にいらっしゃると良いでしょう。案内します」
 狐はそう言い残すと、再び木の葉を舞い上がらせ、その中に身を躍らせてアーサーと本田の目の前から姿を消した。舞い上がる枯葉を眺めながら、本田がため息とともに口を開いた。
「妖怪というのは、勝手なものです」
「でも、悪い気はしないよな」
「えぇ」
「なあ、本田」
「はい」
「御国様ってどういうことだ」
「言葉のとおりですよ」
「……つまり?」
「改めて名を申しましょう。私は、日本と申します。よろしくお願い致しますね」
イギリスさん。笑顔と共に差し出された右手に、アーサーは眉を寄せた。いつからバレていたのだろう。
「一目見た時から、気づいていましたよ。あの妖狐も、貴方が普通の人間ではないと勘づいたから、助けたのかもしれませんね」
 見透かされたような日本の言葉に、アーサー・カークランド改めイギリスは、ただただ唖然とするしかなかった。
 そして後日、帰国した上司からぼそりと吐かれた台詞に、書類を運んできた部下は首を傾げたのだった。
 
 侮りがたし極東の島国。










2010/10/27 ブログサイトより再掲