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雪国、林檎、鉄道にて(ヒヤコ

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額に落ちたひんやりとした感触に目を開けると、そこには汽車の煤けた木造の天井と、自分を覗き込む従姉妹の丸い両目があった。
「おはよ、ヒグチさん。えぇと、あのさ……今起きたらいいものあげるよ!」
 言いながら、背中に何かを隠して作り笑い。期待にうるうると光る目が見ているのは自分の目では無く額。
 これから起きる事への期待へと、真っ赤に頬を上気させ、あぁこれは年下の従姉妹が悪戯を思いついた時の笑顔だ。
「いや、そん手には乗らない」
 思って、目線で額を見上げると、額の上には赤い林檎が乗っていた。どうやら、寝ぼけて起き上がったヒグチの額から林檎が転がる様を見て笑ってやろうと思ったらしい。
 無言で額から林檎を除けて掴んで掲げると、はあぁぁと落胆の溜息と共に肩を落とした。
「つまんないなぁ、騙された振りくらいしてくれてもいいじゃん」
「んなの、ちぃちゃい時に散々騙されてやったじゃん。あの時、別荘のバーベキューでこんなデッカイ蛙食わされ掛けた事もあるし」
「あれはっ!」
 何か言いかけて身を乗り出した従姉妹は、はっと周囲の閑散とした客席を見渡し、何処からかクスクスと漏れた笑いに林檎のように真っ赤になって向かいの座席に座った。
「本当に美味しそうだったからヒグチさんにもあげようと思っただけで……」
「どーだかねぇ……よっと、った!」
 勢いを付けて起き上がると、東京から何時間も座りっぱなし、おまけに木製のベンチに長らく横たえていた身体はぐぎんと悲鳴を上げた。
「やぁい、ヒグチさんのおじさん!」
「はぁっ!? 俺でオヤジだったら、衛士兄さんとかネウロとかどーすんだよっ」
「衛士兄さんの方がヒグチさんより運動出来るよ! 前に、まだ私を背負ってお祖母様の家の前の坂を登れるって言ってたもん」
 腰を押さえ、今度はゆっくりと起き上がったヒグチを見てカラカラと笑う従姉妹の細い膝には、沢山の林檎の詰まった大きな紙袋が置かれている。
「そんなん、もう何年も前の話じゃん……兄さん、もう何年も海に出てるから小さい桂木しか覚えてないんだよ」
「えーっ、でもヒグチさんなんか、小さい私も背負え無かったじゃん。どころか、坂の途中で歩けなくなって、ベソかいて兄さんに背負って貰ったりさ」
「あれは嘘泣きしてただけで……!」
「はいはいっ、そういうことにしときましょうね」
 と、これが可愛くも何ともない男の兄弟だったら髪でも引っ張ってやりたいような憎まれ口を叩く間も、従姉妹は赤子くらいの質量のある紙袋から、東京では見ないような真っ赤な林檎をもう五つも咀嚼している。
 食べ物を無駄にしない性分の従姉妹は、まるで漫画か何かのように林檎を白い骨のような芯だけにして平らげ、隣に積み上げて行く。
 ヒグチは掴んだままになっていた林檎と、従姉妹の細い手の中で咀嚼されるそれとを見比べ、トンネルを抜けてから着込んだマントの端で拭い、大急ぎで囓り出した。
「にしても随分な量だよね……何処で買ったの?」
「そこの売店で。……もう北国なんだねっ」
 二人は東北の外れにある、従姉妹にとっては母方の、ヒグチにとっては父方の実家に訪問に行く途中であった。
 普段は何年かに一回、盆と正月に顔を見せに行くだけなのだが、どうも祖母の調子が優れないと連絡を受け、従姉妹の桂木が忙しい両親に代わりに、ヒグチがその同行者件守り役という形で鉄道の旅を続けていた。
 鉄道を何度も乗り換える必要があるため、駅の宿舎に泊まったり、たまに車中泊の日などもあり、もう三日ほどが経っていた。
 今も、列車の運転の見合わせで何時間も駅に留まっている。
 その時間を、ヒグチは前日余りよく眠れなかった分の仮眠に従姉妹の桂木は食事の補給に当てていた。
「ったく、危ない事するなって言ったじゃん。桂木に何かあったら、アッチで兄さんどやされるの俺なんだけど」
 呆れたように言うと、従姉妹は林檎を囓りながら首を傾げ、ごくりと細い喉を鳴らすと、むっと丸い頬を膨らませ、日の色の前髪の下から、やや憎らしげな目を向けて来た。
「こんな格好してるんだから男の子にしか見えないよ。……もうっ。こんな格好してると本当に男の子みたいだって、散々馬鹿にしたくせに!」
 そう言う従姉妹の格好は、白いシャツに茶色のキャスケットと同色の上着、それにズボンと、地方出身の労働者の少年風である。
 ヒグチが付いているとはいえ、彼は他の従兄弟や兄弟と比べて明らかに腕っぷしが弱い。なので必要のないトラブルを避ける為に、人通りの少ない所や車外では、男の子に見えるようにしておこうという、桂木の母の案だった。
 この夏の試験さえ終われば高等女学校も卒業するという年齢の桂木なのだが、普段から短髪にしているし、元々身体の作りが華奢で童顔なので、帽子で襟足を隠してしまえば、一見すると少年のように見える。
 どうやら、旅の最初にそれをヒグチが笑い交じりに似合う似合うと褒めちぎった事を、未だに根に持っているらしい。
 それを逆手に取って、この旅の途中、生来以上に奔放に振る舞ったり、都合の悪くなると弟の振りをしたりとやりたい放題だった癖に。
 昔から何も変わっていないつもりでいたが、こういう所はちゃんと女の子なのだなぁと感心してまじまじと見つめると、従姉妹は一層むくれて、もう目も合わせようとしない。
「ごめんってば、桂木が可愛いからからかっただけ。ホント」
「……本当?」
 しゃく、と林檎越しにこちらを見上げて来る従姉妹の目は縁がやや赤くなっているようだった。
「ホント、ホント! マジ可愛い桂木! 何でも似合う!」
「悪いと思ってる?」
「思ってる思ってる! マジ反省してる……ほら、この通り」
 さて、こういう時の顔は一体何だったろうか、そんな事を頭の端で考えながら、適当な相づちを返していると、その顔がぱぁっと輝いた。何か、嫌な予感がする。
「じゃ、何でも言う事聞いてくれるよね! お兄ちゃん!!」
 そうか、これは何か頼みにくい事を頼む時の顔だったか、と、かつて幼い頃、兄さん風を吹かせて従姉妹にねだられるままに、柿やら何やら取ろうとしてはしくじった事を思い出すヒグチであった。
 さて、教科書参考書の類いに絞り取られて少ない小遣いから駅弁など買わされるのだろうか。それとも、駅の外に食堂でも探しに行かされるのか……。
「あのさ……桂木……」
「何さ?」
「うーんと……何でもない」
 下手に食い物は無しだと言えば、また子ども扱いしたと、余計に罰を増やされるかも知れない。そう思って黙っているが、従姉妹は言いにくそうに口をもごもごとさせるだけで中々言葉を発しない。
 時々視線を泳がせたり、手の中で林檎を弄んだりと、どうもはっきりしない仕草にこちらも落ち着かなくなり、腰を浮かし掛けた時。
「ヒグチさん、ちょっと、肩を貸して欲しいのっ!」
 と、桂木は窓の外に顔を向けたまま早口でそう言った。
「……はぁ?」
「えっと、違うの、変な意味じゃないの、ほんと全然!」
 以外な答えに思わず聞き返すと、従姉妹はこちらが心配になるほど顔を真っ赤にしてばたばたと手を振った。
「ただ……ベンチの上だとあんまり良く眠れなくて、だから、電車が出るまで、枕の代りに肩、貸して貰いたいの。駄目?」