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【11/3ディノヒバオンリー新刊】セルロイド

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●SAMPLE2

 「同じ時代に同じものは二つ存在しない。逆に、自分の時代に帰ればちゃんと『おまえのもの』はあるんだから」
 「違うよ、信じらんないんだ」
 怒りは何度言葉にしても収まらないようで、言葉尻から珍しく波立つ感情が浮き上がっている。

 「だってあれすごく大事なものだったのに」
 ぽつぽつと吐き出される言葉に、ディーノの表情がうっすら強ばっていった。核心に掠らないように、どうにかして彼の弾ける感情を抑えようとするが、どうしてもあの雪の日が今の雲雀にオーバーラップしてしまうのだ。しかしそれは幼い彼には甚だ無関係で、重ねあわせるにはあまりにも身勝手なものである。

 「もう今のお前には必要のないものなんだろ」
 なだめるために柔らかく言葉にしたつもりだったが、うっすらと自分の感傷も混ぜ込むこととなってしまう。
 しかしそれを飲み込んで受諾するほど、眼前の雲雀は単純にできていなかった。未来との和解を示したディーノの声も呈す妥協も全てを否定するように、雲雀の目線はぐんと鋭いものとなる。
 「嘘!」
 突然跳ね上がった声に、ディーノが驚いて視線を合わせる。すると立ち上がった黒い姿が何かの感情に支配されほんの少し震えていた。
 その熱に当てられながらも、うすぼんやりとディーノは過去を思い返していた。この小さな雲雀には、こうして爆発させる感情の機微がある。彼がまだ幼いころには、会話の折りにもよく爆発と遁走がありそれに手を焼いていたのだが、こうして感情を露わにすることは、年月を経るごとく少なくなっていったように思える。
 だんだんと、皮肉にも二人が恋仲として近づいていくごとに雲雀の表面から言葉と感情は減っていったのだ。
 ゆっくりと擦り減っていく棘に、ディーノはゆるく笑いながら何を問うこともせず、ただただ時間が流れていくのを感じ取っていた。
 終わっていく最後だって、詰りも喚きもせず、諦観した本当に静かな態度をお互いに取っていた。それが互いにとって正解であったかは最後まで分らなかったけど。

 「あなたのこと嫌いになるなんてあり得ないよ」
 「言い切っちゃうのか、それ」
 過去への逡巡は声に遮られディーノは雲雀の奔放な言葉に思わず頬を覆った。子供の考えなしの言質に恥ずかしさを覚えたからではない。
 宥めすかしてでも、この話題は止めなければならないはずなのに、真っ直ぐに自らの気持ちを発露して見せる雲雀に大人の小細工はことごとくつぶされる。こぎれいに仕立てたホテルの部屋に鋭さが響き、ディーノの喉元に迫る。

 久しいことにかまけて薄れていたが、雲雀はそういう人間のあいまいさをすべて切り裂いて中身の生臭さを鼻先に突きつけることが得意であるのだ。

 「でも、そうなったんだから仕方ないだろ」
 ディーノが撫でるように雲雀に呼びかけるが、少年の表情は一向に明るい色になっていかない。

 「やっぱりそれ僕じゃないね」

 未来の自分をそう拒否して、雲雀は踵を返した。
 その姿が、すべての未練と名残を振り払って見せたあの日によく似ていたため、ディーノは息をわずかに飲む。
 苛立ちのままにその場からすり抜けようとする雲雀に、焦りを感じて首を回した。
 そこで何か言葉を掛けなければ、何かの手段で引き止めなければ、そのまま、あの雪の日と同じように雲雀がどこかへ行ってしまうという恐怖に一瞬で両腕を支配されてしまったのだ。

 「恭弥」
 「復習はちゃんとするよ。一旦うち帰る」
 予想に反して雲雀が受諾の言葉を残し、ディーノも伸ばした腕を元の位置に戻した。去っていくのを引き止めもできず、また過去へと顔をつき合わせる。
 指導する身としては、素直であるのが好ましいことだったが、どこか味気なさを感じてしまうのも事実だ。おそらく、この雲雀も十年前の自分を前にしては、こんなスムーズに伝達と理解を容易にしたこともないはずだ。

 あのころはもっとでこぼこしていて、棘があって、毎日が騒がしくそして楽しかった。
 少年がさっさと閉じてしまったドアの前で、一人そう思い返す。

 雲雀自身がコミュニケーションに問題を多く持っていたからだが、もっと大きな理由としては、雲雀の心を大きく占有した恋心によるものだった。遠ざけるように腕を突っ張らせて、自分の感情のオーバーヒートによく喘いでいた。
 その全てのからくりに気付くのは、相当後の話だったが。
 ともあれ、感情制御の術をももたない幼い雲雀がディーノに対して円滑な意識のやり取りを行えているのは、自分が『大好きなディーノ』として認識されていないことを表していた。
 この事態を現在のディーノが寂しく思うのは、過去との断絶を望んだ人間からすれば自分勝手だ。
 それでも、心が騒いでしまう。

 もう一年ちかくも、あの黒い瞳をしっかりと見ることがなかったのだ。別れから比例するように雲雀を遠ざけた薄弱な意志に自分でも嫌気がさしたが、そうなってしまったのは当然の結果だ。