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ネイビーブルー
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novelistID. 4038
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たとえばの話をしよう

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 ルシフェルは首を振った。そんな話は聞いたことがなかったし、また、彼は自分が大天使に戻る気など無い。
「イーノック、それでも私は、天使には戻れないよ」
「なぜ」
「私はお前に恋をしているからだ。堕天の理由はそれであるし、もし天使に戻るのならば、この気持ちを捨てなければならないだろう」
 ルシフェルの口角が上がる。もはや何に対して笑っているのか分からなかった。イーノックがぽかんと口を開く。あるいは、その間抜け面に対して笑っているのかも知れなかった。
「私にはそれが出来ない。だから、私は天使には戻れないよ」
 今ここでイーノックがルシフェルを倒せば、もしかしたらイーノックは一度目と同じようにメタトロンになれるかも知れない。肉欲を知ってしまったからそれは叶わないとしても、人類は救われる。
「だから、私を倒せ」
 そう告げると、イーノックはルシフェルに手を伸ばし、彼の頭を叩き割る代わりに彼を思いきり抱き締めた。
「ルシフェル。未来に、いや、あなたにとっては過去に、私はあなたのことを倒したことがあるのか」
「……どうしてそう思う」
「私は不思議だった。あなたがどうして、私のことを親しげに見つめたり、一転して辛そうな顔をしたりするのか。今分かった。私は過去に、間違えてしまったことがあるんだな」
 最良の未来を「間違い」であるとして、彼は続けた。
「だったら私は今度こそ間違えない。人類を救い、そしてあなたを救う。神は言った、全てを救えと。その全てには、あなたも入っているはずだ!」


  *


 メタトロンは息を呑み、そして両手で顔を覆った。失ってしまったものの正体が分かった。どうして失っていたのか分からなかった。何度も芽生え、引っこ抜かれた恋の芽が、今力強く茎を伸ばす。
 ルシフェル。届かないと知って、メタトロンは叫んだ。
「どうだい、二度目は」
 ふと、背後に神が立った。どこで見ていたのか、彼は人の悪そうな笑みを浮かべて「さて」と言う。
「一度目の旅。大天使ルシフェルと人の子イーノックは堕天使たちを捕縛し、人類を救った。そしてイーノックは大天使メタトロンとなった。ただしルシフェルは、残念ながら堕ちてしまった」
 神の表情はどこか楽しそうだ。
「二度目の旅。堕天使ルシフェルと人の子イーノックは堕天使たちを捕縛し、人類を救った。……堕天使たちは捕まえているからね、約束通り、人類は滅ぼさないこととしよう。だがイーノックは大天使にはなれないし、ルシフェルは堕ちたままだ」
 違いは一つ。指を一本立てて、神がその指を振りながら言った。
「君は大天使であることを望む? それとも人であることを望む?」
 メタトロンは答えた。
「主よ。私は全てを救うと言いました」
 神は全てを分かっていたように微笑んだ。そして、「行きなさい、愛子よ」と彼らの方向を指さした。
 メタトロンは天上から飛び降り、人の子と堕天使の元へ飛んだ。時空が奇妙に歪んでいるように見える。人の子の姿が薄くなる。同時に、メタトロンも何かが抜け落ちていくような心地を感じた。それでも止まらずに、ただ彼の元へ急ぐ。
「ルシフェル!」
 消えゆくイーノックを呆然と見ていたルシフェルは、メタトロンの姿を見て目を見開いた。
 メタトロンが地面に降り立つと同時に、イーノックの姿がかき消える。それは「二度目」が無くなったというよりも、「一度目」と「二度目」が重なったかのようだった。
「イー……」
 イーノックと呼ぶべきなのか、それともメタトロンと呼ぶべきなのか。言い淀んだ彼をぎゅっと抱き締めると、彼はルシフェルの名前を呼び続けた。
「イーノック」
 悩んだ末に、彼はそちらの名前を使うことにしたようだ。強ばった表情でメタトロンを押し返すと背中を指さし、「羽は」と問いかける。名残惜しみながら抱擁を解いて二、三歩離れ、イーノックは苦笑した。
「ああ、それは多分……折角君が与えてくれたものなのに、すまない。でも」
 イーノックは頭を掻き、ルシフェルの背後を指さした。
「神の愛だろう。いや、サービスか? 私の……いや、元はあなたの羽だが……分けてくださったんだろうな、半分に」
 ルシフェルは振り返り、そして驚愕に唇を振るわせた。
 メタトロンの背の十二枚の翼は、今は六枚に減っていた。そしてルシフェルの背の、十二枚の黒い翼は、いまや一枚もなく。代わりに元のように真っ白な翼が六枚、風に揺られていた。
「ルシフェル、私は思うんだ」
 信じられないというように自分の翼を見つめるルシフェルに、メタトロンは語りかけた。
「天使が何故人間に恋をしてはいけないか。あなたは何かを愛することによって神より優先度が高いものを作ってしまうことが罪であるからだと言ったが、私は違うと考える。……人間というのは、いつか死ぬものだろう。対して天使は生き続けるものだ。だから人間に恋をしてしまった天使は、悲しみを背負って生き続けることになるだろう。天使たちにそんな思いをさせないために、神は天使に、人間に恋をすることを禁じたのではないか。ただ、堕天してしまうから駄目だとだけ知らせて」
「それは、あまりに神を良いものに解釈しすぎじゃないか?」
「主は、天使たちを愛していらっしゃるよ。だから彼らの意思を縛らないでいる。ただの操り人形のような生を、良しとしなかったのだろう。アザゼルたちのように神に歯向かうものが出る危険を冒しても、神は天使たちに自由意思を与えた。それは神の愛であると私は考えるよ、ルシフェル」
 ルシフェルは答えあぐねているようだった。メタトロンは「疑うなよ」と苦笑し、「だって神は、あなたのことも愛しているだろう。だからあなたを天使に戻した」と言った。
「お前が望んだからではないのか?」
「それもあるだろうが、それだけではないと私は思うよ。まあともかく、私も君も天使となったわけだから、これで堕天の理由はなくなった。あなたの憂慮していたことは全てなくなっただろう? これで大丈夫だ、問題ない。さあ、神の元へ行こう」
 それでも躊躇するルシフェルの手を強引に取ると、メタトロンは飛び上がった。ルシフェルが小さな声で問いかける。
「イーノック」
「なんだい?」
「お前は人の子でいたかったか」
 メタトロンはちょっと微笑んで、「少し」と答えた。
「だが私が人の子のままだと、あなたに恋をすることが許されないだろう。だったら、これが一番良い選択だと思うんだ。私は最良の未来を選べたと思っているよ、ルシフェル」
 ルシフェルは頷くと、メタトロンの手を離し、指を組んだ。しばらく飛びながら祈るような、懺悔のような形をとる。
「ルシフェル、私は何を失ったのかを思い出すと同時に、巻戻った過去の中の記憶の欠片を少しずつ救い出すことが出来たんだ。私は君を愛していた。何度もそれを君に告げた。君はそのせいで堕天した。すまない、私が君を堕としたようなものだったんだ。それなのに、私はそれを忘れていた――面目ないと思うよ、ルシフェル。だがもう絶対に失わない。ルシフェル、愛している」
「人が祈りを捧げている最中は静かにしろ。全くお前は、人の話を聞かない上に人の都合になど構いやしないのだから……」