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ネイビーブルー
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たとえばの話をしよう

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 女と虎。どちらを選ぶかと尋ねられれば、ルシフェルは女を選択する。だからあのときもそうした。女を選択するとはつまり、自分はイーノックを失うが、その代わりに彼に、自分が与えられる最高のものを与えるということだった。過去の自分の、神に一番近い大天使という誉れを、だ。そしてルシフェルの思った通り、イーノックはルシフェルを倒すことで大天使メタトロンになった。これで全ては上手くいったはずだったのだ。それなのに。
「やり直しても、あれ以上の未来は得られない。あれが最良の未来なんだ。それなのに……全く、あいつは人の話を聞かないな」
 肩をすくめ、ルシフェルは再びイーノックが戦っている先を眺めた。旅も終わりになると、イーノックも戦いに慣れ、使役獣程度であれば苦もなく倒していたから、あまり力の無い使役獣相手に手間取る彼を見るのはなんだか新鮮だった。

 イーノックとの旅を続け、メタトロンに報告をする。イーノックを見て、やはり自分の知る、今はメタトロンと鳴ったイーノックとは違うと思うときもあるし、ああ、あれは間違いなくイーノックだと思うこともある。そんな毎日に慣れてきた頃、ルシフェルは懐かしい過去と対面した。二度目の旅なのだから、常に既視感は抱いている。しかし、この出来事はまさか、繰り返さないだろうと思っていた。

 ――端正な顔を真っ赤に染めた青年を、ルシフェルは幾分冷静な頭で眺めていた。思わぬ事態に動揺しない程度には、彼の精神は成熟している。だが、まさかこんなことになるとは思わなかった。驚いたリアクションすらとれずに固まってしまったのは、案外焦っているからかもしれない。

 あのときはそうだった。そして今も、全く同じようであった。ただしあのときは、想定外の出来事として。そして今は、まさかという思いを持って。

 ――「好きなんだ」

 イーノックの声が、ルシフェルの堕天の理由を呼び覚ました。

  ――実直な青年は気の利いた言葉の一つも知らず、ただそれのみを繰り返した。まあ、彼が言葉を尽くして愛を語ったらそれはそれでびっくりだ。ただ、今の状態がもう驚きといえばそうなのだが。時を巻き戻すためのルシフェルの手は地面に縫い付けられており、逃げるための翼は自らの体と地面に挟まれて出すことすらままならない。第一、体格差のあるイーノックに押さえ込まれ、ルシフェルは逃げることはおろか距離をとることすら出来なくなっていた。

 過去が、重なる。ルシフェルはあのときと同じように逃げようとして口を開き、そして――止めた。代わりに首を伸ばし、切ないまでに情欲を含んだ蒼い瞳に吸い込まれるように顔を寄せる。
 自分で押し倒したくせに戸惑ったように瞳を動かした彼にそっと口付けると、彼は瞠目し、獣のように唸った。
 メタトロン。
 心の中で、イーノックにとっては未来の彼に語りかける。
 それが最良の未来だと、思い知るが良い。私が君のために選んだ未来だ。私が私の欲を優先させたらどうなるか……よく見ておけ、「神」よ。
 半ば当てつけのような気持ちでルシフェルはイーノックを受け入れた。
「ルシフェル、あなたは綺麗だ。……私は、あなたにずっと触れたかった」
 ずっと触れたかったのは、ルシフェルとて同じだった。イーノックの手は、昔と変わらず温かい。重ねた体も。
 彼を受け入れながら、ルシフェルは思った。本当は、最良の未来などどうでも良くなっているのかも知れない。ただ言い訳をして、彼と結ばれたかっただけなのかも知れない。
「ルシフェル、痛く、ないか」
 精一杯気遣おうとする彼に腕を伸ばし、頭を抱え込むようにして抱き締めながらルシフェルは「大丈夫だ」と囁いた。隠さなければならない、留めなければならないと戒めていた感情が溢れ、ルシフェルの腕に力を与える。子どものようにしがみつく彼を、イーノックは強く抱き返した。
 最良の未来は失われた。ルシフェルは何度もそう思い、快楽に押し流されるイーノックを嗤った。イーノックを穢さないで済んだという喜びとは正反対の悦びに、堕天使は自らをも嗤った。


  *


 結局、メタトロンには報告しなかった。昨夜のことをもし彼に告げたなら、彼は驚愕し、その場で旅を止めさせるかも知れない。当然だ、彼が望むのは「全てを救うこと」であって、肉欲を覚えてしまった彼ではそれが出来るかどうかは分からない。
 しかし伝えなかったのは、もう少し、イーノックと旅を続けたかったからかも知れない。結局私は同じことをしているなと思って、ルシフェルはちょっと笑った。この間から、自嘲してばかりだ。

 そんな夜は一度きりで、あとはイーノックは「一度目」と同じくステージをクリアしていった。堕天使たちを捕縛し、魂を肉体から引き剥がして閉じ込める。
 終わりが近づく度に、ルシフェルは羽の付け根がずきずきと痛むのを感じた。
 もし、今回の「二度目」がメタトロンの気に召さなかったらどうなるのだろう。三度目の旅を命じられるのだろうか。彼が、「一度目」が最良であったと認めるまで。
 ……まあ、いい。
 最後の堕天使を捕縛し、その魂を肉体から引き剥がして閉じこめたのは満月の夜のことだった。安堵の笑みを漏らし、「全ての堕天使を捕縛した。これで地上の人間たちは救われる」と嬉しそうに言ったイーノックに、ルシフェルは「いや、まだだ」と言った。彼は訝しげな顔をして「どうして」とルシフェルに問いかける。
 終わりが来た。ルシフェルは目を閉じ、心の中で彼に別れを告げる。そして、自らの役割を演ずるべく目を開き、悪魔のような笑みを浮かべた。
「おめでとう、イーノック。君はついに堕天使たちの捕縛に成功した。しかし、君が捕まえた堕天使はそれで全てではない」
 長らく畳んだままであった羽を広げる。十二枚の翼がピンと伸び、眩しいくらいの月光に照らされる。堕天使の象徴である真っ黒な翼を見て、イーノックが大きく目を開く。彼の胸にあるのは、怒りか絶望か。裏切りを感じているのかもしれない。
「堕天使はもう一人いる。さあ、イーノック。……これがラストステージだ」
 意識してか無意識か、イーノックが拒むように首を振った。ルシフェルはアーチを構え、赤く輝くそれを岩を背に動かない彼のそばに突き立てる。鋭い衝撃音と共に、イーノックがびくりと肩を震わせた。
「おまえに戦う気がないのなら、私がお前を殺す。なれば地上は滅びるぞ。それでもいいのか」
 これも繰り返しだ。まるで役割を演じるように、ルシフェルは台詞を口にする。しかしイーノックは、一度目の彼とは違った。首を振り、「あなたがどうして、堕天してしまったのかは分からない」と静かに言う。ルシフェルは意外に思った。イーノックは過去……いや、彼にとっての未来と同じく狼狽え、絶望すると思ったのに。
 イーノックはルシフェルの手を掴むと、「天界にいた頃に、聞いたことがある」と言った。
「天使はもし堕天しても、肉体を離れて精神体となり、一定期間謹慎することで天使に戻ることが出来るんだろう」
「そんなこと、誰から」
「忘れてしまった。しかし、人間が天使になれるように、堕天使もまた天使に戻れると」