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MM・プレビュー

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「結婚しよう」

 あまりにもさらりと言われたので、ああ、うん、と勢いで頷いてしまってから、え? とエドワードは顔を上げた。今すごく、とんでもないことを言われた気がするのだが。
「そうか。嬉しいよ」
 しかし相手はあまり聞いていなかったというか、聞いていたことはいたのだろうが、どう考えても勢いで与えたエドワードの「イエス」をそのまま素直に受け取ったのだろう。にっこりと満面の笑みを浮かべ、相手、ロイ・マスタングは臆面もなく言い放ち、そしてエドワードの手を取ると、目を白黒させて動揺している彼の体をがっちりと抱きしめた。
「…ちょ、ちょちょちょっと待て! 離せよ!」
「ああ、嬉しい。まさかこんなにすぐにOKをもらえるだなんて」
「いやだから、そうじゃなくて、だからとにかく離せよ!」
 真昼間のオープンカフェなんて場所では逃げようもないし、集中する視線を散らすこともまず無理な相談だ。エドワードは実力行使とばかり――正確にはがむしゃらに――ロイの肩口に噛み付いた。
「…っ」
 さすがにその攻撃はこたえたものとみえ、眉をしかめて男は腕を緩めた。
「…ったく、…とにかく場所変えるぞ!」
 あまりにもいたたまれなくてこの場所には一分一秒たりともいたくない。その気持ちが全身に溢れた少年がまるで逃げるように立ち去ろうとするのを、コートの端を捕まえて止めた男が懇願する。
「会計する間待っていてくれ、逃げたら探索手段は選ばない」
「…脅しかよ!」
 がっと吼えながらも、とにかくその場にいたくない一心で、エドワードはエントランスを先にくぐった。ロイは軽く溜息をついて、何事もなかったかのように会計を済ませる。会計を担当したウェイトレスは物凄く物言いたげな顔をしていたが、無言の拒絶にあい、あえなく敗退した。

 手段を選ばないという脅しが身にしみたのだろう。エドワードはきちんと、店の外で待っていた。ただし非常に不貞腐れた顔で。
「…待たせた」
 実際には数分と経っていない。それでも律儀に口にして、ロイは片手を差し出す。
「…なんだよ?」
 怪訝そうな、というよりむしろ人相が悪い少年に構わず、男は手を振ってみせる。差し出せと促すように。
「つなごう」
「…なんで」
「そうしたいから、ではだめか」
「やだよ、暑いし…」
 ふい、とエドワードは顔を逸らした。だが微かに、頬の高いところが染まっている。ロイはふっと顔を緩めた。まだ日も高いこんな時間に彼とこうして二人で居たことは、今まであまりなかった。それも、そうここからが重要なのだが、それも、こんなプライベートな理由で、と続くのである。
「これからも、そうしたい。誰がいても。明るいときでも。誰にも隠したくないんだ、もう」
「………」
 静かに告げれば、エドワードは俯いた。だが、道の真ん中で立ち止まる二人に対する奇異の視線に気づいたのだろう、何もいわずそのまま歩き出す。ロイもまた、何もいわずにその後をついていく。
 エドワードはやがて細い路地を曲がった。建物と建物の間のそこは人通りもなく、飲食店などもあるのか、脂のにおいなどもしていて、長居したい雰囲気ではなかった。つまりは、意図してのことではなく、ただ人気のない場所へ当てもなく歩いたというのは明白だ。それだけ動揺しているのかもしれない、ということも。
 ゆっくりと歩みを止めた背中を見つめながら、ロイもまた足を止める。すぐにも前に回りこんでのぞきこむことができるけれど、抱きしめることも出来るのだけれど、それは今はしない。触れれば壊れてしまいそうな何かが、いまこの瞬間には存在していた。
「エドワード・エルリック」
 静かに名前を呼ぶ。エドワードは振り向かない。
「…今さらと君はいうかもしれない。私だって都合のいいことを言っているのはわかっている。遅すぎるのもわかっている。でも、」
「…遅いとか。…都合がいいとか。そんなことは、思わないけど」
 ロイの饒舌につられるように、エドワードは口を開いた。けれどまだ振り向いてはくれない。依然、彼はロイに背中を向けたまま立っている。
 声は平坦だったが、無感情と思うほどロイはおめでたくはない。その平坦さはひとえにエドワードの努力によるものだ。動揺を表に出したくはないという、彼のプライド。そんなこともわからずに求婚なんて口にはしない。
「…なんで? なんで、オレにいうわけ? そういうの…」
 ロイは眉間に皺を寄せた。予想できた問いだ。何度も頭の中では繰り返しエドワードをかき口説いて来たけれども、本番は今のこの一度きり。失敗することは出来ない。
「もういい加減、遊びは終わりだろ。あんたも、…オレも」
 エドワードが早口になった。それは、声の震えを隠すため。ロイは足音もなく一歩を詰めた。腕を伸ばす。恐る恐る、抱きしめる。
「…許してくれ」
「…なにを?」
 後ろから抱きしめて、耳元に囁いたのは許しを請う一言。エドワードは逃げなかったけれど、その示すところを求めてくる。
「遊びじゃない」
「困る」
 まるで自分が困るように言っているけれど、腕を振り解かない時点でそれが誰のための嘘かなど明白だ。ロイのための嘘だとすれば、それはそのまま彼がロイを想う気持ちとイコールだろう。深く息を吸い込んで、目を伏せてロイはただ真摯に口にする。
「私が悪い。曖昧なまま、君を、」
「…悪いとか、悪くないとか。そういうのは、どうでもいい。あんたもオレも…、た、…その…たのしんだ、…っていうんだろ。そういう…だからそれでいいじゃん。その時楽しかった、…それでいいじゃん」
 俯くエドワードの頬に唇を寄せれば、びくりと肩が跳ねた。遠く離れた大通りから車の音が聞こえる。
「本気で?」
「……本気じゃなかったら困るだろ、あんたもっ…オレだって、困るだろ…そういうの…」
「困らないと言ったら?」
 淡々としたロイの台詞に、エドワードの肩が跳ねる。それまで感情を抑えていた声が、一気にふくらんではじける。
「…あんたはいつも勝手だ!」
「それこそ今さらじゃないか?」
 そこでやっとロイは笑って、少年を抱く腕に力をこめた。エドワードも一瞬黙り込んで、ふっと笑う。とても小さな声だったけれど。
「――そういやそうだった。あんたは本当…いつも勝手なんだよな」
 そしてとうとう、エドワードの手がロイの手に重なった。

 理由も動機も、お互いに口にしたことがなかった。ただ衝動は確かにあって、その衝動はほぼお互いにしか働かなかった。結果としてはそういうことだ。
 視線の色や角度、飲み込んだ言葉。そういうものがお互いの衝動を明らかにして、人気のない夜の底でだけ手を重ねて歩いた。愛を告げたことは一度もなく、それなのに何度も互いの吐息やもっと深い何か、いくつもある体液を交わらせてきた。朝になれば何事もなかったかのようにそれは終わる。初めから互いの間には何もない。後見人とかそういった人間関係のことは別として。
作品名:MM・プレビュー 作家名:スサ